奏作空間

Reading & Creation Space "SOH"

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2015.02.13 Friday
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    『軍師官兵衛』絡みのお話

    2014.01.12 Sunday 20:55
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      新年を迎えると、
      今年の大河はどんなもんかな?
      と、気になるようになりました。

      とは言いつつ、
      去年の『八重の桜』は、
      まったく見ておりませんでした。
      あの時代に対する興味関心が薄いもので。

      おととしの『平清盛』については、
      当ブログでも初回放送を見て今後に期待と書きつつ、
      平治の乱が終わってからドロップアウトしてしまいました。

      どうしても地味な時代ですしね。
      奢る平家の隆盛と凋落の模様を楽しみに見られるほど、
      自分に感性がなかったと云いましょうか。
      僕も大河史に残る低視聴率に貢献した視聴者のひとりとなりました。

      今年は『軍師官兵衛』ということで、
      時代的には過去2年の大河よりは楽しめそうかなと。

      大変失礼な言い方になりますが、
      織田、豊臣、徳川に仕官した彼を題材にすれば、
      そりゃ面白くなるだろうよ、と思うわけです。

      あとは、どれだけ人間模様を面白く描いてくれるかですね。
      初回と第2話はかなりベタな展開でしたけどね。
      やっぱり大河はベタになってしまうか。

      イメージ的にいくと、
      やっぱり岡田准一氏は男前過ぎて、
      官兵衛にそぐわない気がしますね。
      全然嫌いではないのですが。

      ちなみに、昨年末映画公開されていた、
      三谷幸喜氏の『清洲会議』に出てくる、
      寺島進氏の官兵衛は渋くてイメージにも合って良かったですね。

      秀吉の知恵袋として、
      その言動や所作のひとつひとつに存在感があったかなと。

      『清洲会議』はまだ公開中でしょうか。
      戦の場面がほとんどないという、戦国モノとしては異色で、
      武将たちの心理的駆け引きに焦点を当てた物語です。
      見やすいと云えば見やすい反面、
      突出したものもないかな、という印象でした。

      三谷幸喜氏の作品で云えば、
      『ステキな金縛り』の方が個人的には好きです。

      『清洲会議』も喜劇ではあるものの、
      史実ベースのお話なので、
      はじけきれない部分があるんですよね。

      とりあえず、前後の史実を頭に入れておけば、
      より楽しめる物語かな、と思います。

      それでは、今年は『軍師官兵衛』を、
      じっくり見守っていきたいと思います。

      映画もちょいちょい見に行くので、
      面白かった作品があればご紹介して参ります。


       
      その他 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

      2014年 お正月

      2014.01.04 Saturday 13:28
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        皆様、あけましておめでとうございます。
        今年もよろしくお願い致します。
        川島奏です。

        ごめんなさい。
        と、早速謝罪を。

        去年の夏頃になんとなく再開した当ブログ。
        たった2回の更新で早くも頓挫しておりました。

        なんでも習慣だと思うんですよね。
        以前毎週更新していた時代は、
        小説も含めて"書く"ことが習慣だったわけで、
        そうじゃない今は、空いた時間ができても、
        なかなか"書く"気力が起きないという有様。

        早起きも最初はツライけど、
        毎日続けていれば、
        自然とその時間に目が覚めるようになるじゃないですか。

        だから、今年はきちんと月1~2回は更新する習慣を、
        身に付けようと思っております。

        皆様も、今年の目標を書き出し、
        年の暮れにどのくらい達成できたか振り返ってみてください。

        大きな目標から小さな目標まで、
        いろいろ書き出してみると良いみたいですよ。
        大きな目標ばかり立てて、
        年末に振り返った時に出来なかったことばかりが残ると、
        この1年なにも出来なかったなあ、って寂しくなりますから。

        僕はこのブログに関しては、
        前傾の目標で運営していきます。

        有言実行あるのみですね。

        さて、習慣の話に戻すと、
        去年は"読む"習慣も身についてなかったなと、
        反省をしているところです。

        小説版の『電脳コイル』を読み返し、
        その感想でも載せようかとブログを再開したはいいものの、
        今となってはまた細かい部分を忘れている始末。

        ほんとにやることなすことが中途半端で、
        個人的には実りの少ない1年を過ごしてしまったと、
        悔いているところです。

        だから自分に言い聞かせるために、
        目標の話などをするわけです。

        今年は"読む"方にも力を入れて、
        感性を磨き、様々な人の考えに触れていきたいですね。

        いずれは蓄えたそれらの財産を活かして、
        小説という形で自分を発信できればと思います。
        まだ先のことになるでしょうけど。

        しばらくは当ブログで、
        僕の触れたものの中から気に入ったものをご紹介する形になるかと。

        そんな僕が今愛読しているのは、
        北方謙三『三国志』です。

        学生時代に一通り読んだんですけどね。
        今は当時とはまた違った部分が琴線に触れます。

        『三国志』の魅力は様々あるでしょうけど、
        北方『三国志』の魅力は、生き様の描き方にある気がします。

        魏の曹操であったり、蜀の劉備であったり(呉の場合は孫策かな)、
        彼らのもとに多くの名将、豪傑が集ったのはなぜか。
        彼らの何が人を惹きつけ、どうしてこれだけの人を動かせたのか。

        その根本にあるのが、強烈すぎるほどの志でしょう。

        命を賭けても成し遂げたいことが自分にあるのか、
        ということを問いかけられている気がします。
        大げさじゃなく。

        『三国志』はストーリーも面白いですし、
        武将同士の交わり方も見ていて楽しいです。

        僕は漫画の横山『三国志』から入ったクチなので、
        まだ触れたことのない方は手軽なこちらから入ってみると良いかも。
        心理描写や武将の個性で云えば、圧倒的に北方『三国志』の方が面白いですが。

        それでは、今年はこんな感じでやっていきたいと思いますので、
        今後ともよろしくお願い致します。












         
        挨拶・記念企画 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

        今更振り返る 小説版『電脳コイル』

        2013.09.01 Sunday 18:32
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          閲覧いただきありがとうございます。

          突然の再開から随分とご無沙汰してしまいました。
          申し訳ありません。

          コメント欄でちょこっと書かせてもらいましたが、
          PCのネット接続が悪いなと思っていたところ、
          ついには半壊してしまい、
          新しいPCを入手したところです。

          前のPCも小説執筆でだいぶ酷使しましたので、
          限界が来たのでしょう。
          セミリタイヤして、
          ゆっくり休んでもらうつもりです。

          さて、これからしばらくは表題にも掲げた通り、
          小説版『電脳コイル』について
          雑感を書き綴っていくつもりです。

          かなり今更ですよね。

          ただ、僕が二次小説を書いていたときには、
          全13巻完結後にロクな感想も載せてなかったので、
          ちょっと申し訳なく思ってたんですよね。

          最近全巻読み直して、
          また連載中の当時とは違う部分が琴線に触れたので、
          そういったところもご紹介できればと思います。

          すべて読み通しての感想を載せますので、
          未読の方はご注意ください。

          今回は過去触れたことのなかった、
          最終巻である13巻の感想を。

          細かい内容をお忘れの方もいると思うので、
          簡単に振り返ります。

          13巻冒頭にてメガネが切れたことが発覚するイサコ。
          これまで自分を操ってきた兄の期待に応えられなくなり、
          さらに病気で苦しむデンスケさえ救ってやれなかった彼女は、
          自分の無力に打ちひしがれ、
          ”あっち”の世界に飛び込んでしまう。

          彼女を救うため、また、過去に自分が失ってしまった
          ”タラちゃん”を救うため、
          ヤサコは玉子や宗助の力を借りながら、
          西陽海、大黒市の異空間を彷徨する。

          その場所で再会を果たした二人は、
          最後にはフォーマットされていく空間から、
          二手に分かれそれぞれの道を駆け抜け、
          現実世界へと帰還を果たす。

          すごい端折り方ですが、
          こんなあらすじでした。
          ミチコについてはまた後日。

          さて、ヤサコに導かれて帰還したアニメとは違い、
          小説版のイサコは自分の帰り道を、
          しっかり知っていました。

          彼女は様々な出来事に揉まれ、
          確かに成長を遂げていました。
          だからこそ、子どもままだった、
          兄である信彦に負い目を持っていたという面もあります。

          このエンディングにはとても納得がいきました。
          13巻表紙のヤサコとイサコが、
          それぞれ違う方向を見つめ歩いていく絵も、
          象徴的です。

          ただ、自分としては、
          アニメと同じようにイサコが"あっち"に飛び込んでしまう展開は、
          実はあまり好きじゃありません。

          予定調和的にアニメをなぞり、
          しかしアニメとは違う終わり方で締めよう、
          という意図を感じてしまいます。
          実際に著者の意図がどうであったかは、
          置いといて。

          中盤以降、かなりオリジナル展開に流れたわけですから、
          アニメとまったく異なる終盤を見たかったというのが、
          率直な感想ですね。

          展開的な部分は自分の希望とは違いましたが、
          しかしメッセージ性の部分では、
          小説版はアニメ以上に感銘を受けたかもしれません。

          次回はそのあたりのお話をしようと思います。











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          ブログ再開のご挨拶

          2013.07.28 Sunday 18:53
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            閲覧いただきありがとうございます。川島奏です。

            半ば失踪状態でこちらの更新を放置し、本当に申し訳ありませんでした。
            ご心配をおかけしましたが、実生活では元気に過ごしております。

            この場をお借りして、途絶中にコメントを頂いた方々、
            "とん"さん、"mokku"さん、"だれかさん"さん、"ぷろめ"さんには、
            お詫び申し上げます。
            返信もせず、大変失礼致しました。

            これから、こちらのブログを再開し、
            不定期ではありますが更新していこうと考えています。

            僕が二次創作を書いていた頃の読者の方で、
            今でもここに訪れてくださる方は、
            ほとんどいらっしゃらないとは思います。

            ですので、自己発信による自己満足という、
            このブログの原点に立ち返るつもりでいます。

            それでももし、過去の読者の方で、
            たまたまアクセスされた方がいらっしゃれば、
            よろしければ、どうぞまたお付き合いください。

            前科がついてしまった者の言葉に、
            引き留める力はないとは思いますが。


            ということで、
            こういう重たい挨拶は性に合わないので、
            ここからは以前と同じトーンで進めていきましょう。

            更新自体が1年以上ぶりです。
            リハビリも兼ねて、この空白の1年のことと、
            この度の再開に思い至った理由を書き連ねていきます。

            去年の4月。小説投稿サイト「小説家になろう」で、
            二次創作小説の掲載が規制されました。
            残念ながら僕の執筆した『電脳コイル』の二次創作"シリーズ"は、
            削除の対象となりました。

            次回作も『電脳コイル』の二次創作で構想していた僕にとっては、
            少し心が挫かれる出来事でした。

            ただそれは掲載場所の問題ですので、
            一気に創作意欲を失ったわけではありません。

            むしろ堪えたのは、
            共同作品『電脳コイル 3.00』に取り組んでいたパートナー、
            此花耀文氏と連絡が途絶えたことだったと思います。

            あの時、この作品は自分が完結すべきなのかどうかで悩みました。
            そして、現実的に自分では完結に持っていけないという、
            結論に至りました。

            理由は様々あります。
            その中で最も大きなところは、
            執筆時間が取れないということでした。

            『春』の執筆当時、まだ自分は学生身分で、
            執筆にかけられる膨大な時間がありました。

            その時から置かれた立場が変わった今の状況で、
            『3.00』の膨大な設定資料を見返し、骨格しかなかったストーリーを、
            自分で構築することは、途方もない作業に思われたのです。

            仕事と執筆を両立されていた此花氏には、
            本当に頭が下がります。

            読者の期待に応えられないという無力感は、
            ブログ更新のモチベーションを下げ、
            結果的には半ば失踪ということになった次第です。

            すべて言い訳ですけどね。

            今回ブログを再開しようと思ったのは、
            もう1度自己発信をしたくなったからです。

            何がきっかけというのはないです。
            ただ、最近『春』、『3.00』、小説版『電脳コイル』などを、
            読み返しているうち、そういう気分になったというところですね。

            創作意欲も沸いていますが、おそらく時間的に難しいと思います。

            ですので、不定期にまた読書感想文などを載せていくつもりです。

            また、二次創作規制の関係でこのブログでも非公開にした作品や記事も、
            今回の再開にあたり公開することにしました。

            『春』の本編だけはどうしても読み返せない状況ではありますが、
            そこはご了承ください。
            実はあるサーバーに全編移してあるのですが、
            一応僕のIDで管理していますし、
            ああいうのを共有するのはセキュリティ上まずいんじゃないかと思うので。

            良き方法を思い付いたら、またお知らせします。

            それでは、また今後ともよろしくお願い致します。




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            NHKスペシャルに影響されて

            2012.06.13 Wednesday 22:19
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                先日(もはや先週の日曜日ですが)のNHKスペシャルでスーパーコンピューターの「京」が特集されていました。すべてを見ていたわけではありませんが、面白い内容でしたね。

               最近ニュースなどでよく耳にする、ビッグデータ。Googleなどの検索エンジン運営組織は、その利用者に合った広告を表示させるために、個々人のパソコンからのネットアクセス履歴を蓄積し、解析していると云われています。それにはスパコンの計算能力が不可欠になってくるということです。

               『電脳コイル』の世界にしても、電脳空間の構築には膨大なデータ蓄積や計算が求められるはずなので、今の「京」の計算能力では及びもつかないスパコンが導入されていると考えるのが妥当です。

               現時点ではそういった個人情報一歩手前の個々人のデータ蓄積がなされているということですが、近い将来、我々の行動はすべてデジタル世界の中に記録されていくものだと思います。そしてデジタル世界の中に、もうひとつの世界ができあがる......『電脳コイル』の世界観も遠くない未来に実現するはずです。実際、番組内で紹介された外国の研究者(名前は失念)は、「2025年までに、我々の人格はすべてデジタル世界の中に落としこまれるだろう」という風なことを言っていました。

               僕が気になるのは、人格のコピーは可能か、というところです。

               その研究者はまた、「私が死んでも、デジタル上に私が生きていれば、孫の孫の世代が私と会話することも可能となる」という趣旨のことを言っていました。彼は、日常生活の自分のすべての行動を記録し、自分の人格が再現できるかという実験も行っているようです。つまり、自分とまったく同じ経験をした者は、自分とまったく同じ人格になるか、ということを試しているようです。

               もちろん、厳密にその命題の真偽を確かめたいなら、この世に生を受けてからのすべての経験を記録しなければならないでしょう。そして個人的には、どれだけ条件を揃えた環境下でその実験を行ったとしても、人格の完全なコピーは難しいだろうと思います。そう思う理由を掘り下げていくと、自由意志や決定論という哲学的な迷宮に入り込みそうなので、今は簡単に「自由意志の存在を信じている」という立場で話を進めることにします。

               ただ、人格の完全なコピーは出来ずとも、自分に近い人格を作り出すことは可能になるでしょう。そしてそれをどこまで自己と認めるかは、それが実現した時に考えることだと思います。
               
               このことでもうひとつ気になるのは、コピーしたデジタルの人格の命は人間と同等に扱われるか、ということです。

               そもそもデジタル上の人間に魂が宿るか、ということを真剣に考えているのは自分ぐらいかもしれないのですが、ちょっと気になるのです。前掲の研究者は上記の言葉の続きに「人は永遠の命を手にすることができるのです」みたいなことを、言っていたようないなかったような(記憶は曖昧です)。それをそのまま受け取るなら、自分自身とデジタル上の自分の価値は同じだということになってきます。

               だとすれば、デジタル世界の創造主である人間は神となり、同等であるはずのもうひとつの世界を意のままにすることができることになります(アニメの『電脳コイル』でも、それに近いエピソードがありましたよね)。

               そこからまた想像が飛躍するのですが、スパコンの開発意義というのは、暮らしを豊かにするというところの他に、どうしても軍事利用のためという点も否定できないと僕は思います。実際、今はミサイルを飛ばさなくても、サイバー攻撃だけで敵国に損害を与えることが可能な時代になってきています。

               ということは近い将来、テレビゲームのようにデジタル上の人間達に代理戦争を行わせるような時代が来るのではないか、と僕は想像してしまいます。自分達と同等の命を持つデジタル人間達に命のやり取りをさせて、勝敗をつけさせる。一種のシミュレーションです。しかし、限りなく現実世界に似せたその世界でのシミュレーションの結果を現実の人間が信じるなら、実質的な勝敗もその時点で決まってしまう、というように考えられなくもないかと。

               今回は暴走しすぎる自分の想像力が人類の未来を言い当てないことを願って、ここで締めます。





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              『電脳コイル』新作(掲載未定)設定資料

              2012.05.30 Wednesday 22:42
              0
                  これからこのブログの更新は、週1を基本としながら、更新曜日は不定期になっていくと思います。書ける時間に書いていくという意味では曜日を指定するよりは都合が良いので、よろしくお願いします。

                 前回の記事では久々に『電脳コイル』に触れましたので、今回も二次創作のネタを。

                 先の二次創作の規制で、僕の方では『電脳コイル』の二次創作作品を掲載しないと決めましたが、前回の記事にも書きました通り、『3.00』の方は今のままだと僕が執筆を引き継ぐしかない状態にあります。ですので、あまり規制に過敏になることもないのかな、と最近は思うようになりました。

                 というところで、規制前まで執筆していた僕の方の『電脳コイル』二次創作の新作も、どうしようかと改めて通読していました。ストックは結構あるのですが、しかしここから完結まで持っていくには、まだまだ時間がかかるというところで執筆は止まっています。

                 とりあえず、今回は設定資料だけを掲載し、反響次第で書くか書かないかは決めたいと思います。いずれにせよ、執筆の優先順位が高いのは『3.00』だと思うので、出すとしましてもかなり後のことになるでしょう。

                 その設定資料というのも、登場人物設定のところだけをご紹介します。アニメから9年後、『春』から8年後の未来を描いた『電脳コイル -COIL A CIRCLE OF FRIENDS-』(仮題)の主要登場人物設定は以下の通りです。



                『電脳コイル -COIL A CIRCLE OF FRIENDS-』 

                 ー登場人物ー

                 沢口大地(21)出身:県立水の森高校

                 大黒市警電脳犯罪対策課電脳犯捜査二係所属。階級は巡査。肩書きはコンピューター捜査官にして、係内の外回り役。元恋人の文恵とイリーガル大量発生事件の謎を追う。現在恋人はいないが、最近は勇子のことが気になって仕方がない。

                 

                 橋本文恵(20)出身:県立水の森高校

                 敬学館大学文学部国文学科。また、CAT(コイルスアプリコットテクノロジー社)空間管理室非常勤職員として、1年前から学業の傍ら勤務をしている。高校時代に別れることになった大地への未練がまだ残っているが、彼からその想いはもう受け取れないと告げられている。そんな折、自分と同じ大学に通っている勇子と大地の関係が変わり始めていることに気付く。

                 

                 小此木優子(20)出身:県立水の森高校

                 星明学院大学教育学部教育学科。小学校教諭を目指して勉強中。大地と文恵の関係を案じる。原川研一とは中学校卒業の際に別れ、今は高校時代から付き合い始めた猫目尊(ねこめたける)と将来を考えるほどの交際をしている。

                 

                 天沢勇子(21)出身:金沢学院西高校

                 敬学館大学社会学部メディア社会学科電脳社会学専攻。社会の中での電脳システムに関わる現象を学びながら、将来はマスコミ関係の仕事に就くため勉強中。4ヶ月ほど前に付き合っていた男性が二股をかけていたことが判明し、傷心状態。そんな時に大地からの誘いがあり、文恵の彼に対する未練を知っていることから、大きく心が揺れる。

                 

                 相原愛子(21)出身:県立水の森高校

                 星明学院大学文化学部国際文化学科。将来的にはインテリアデザイナーになりたいと考えており、大学を中退して専門学校への入学も考えている。高校時代の終盤に研一と交際していたという過去があり、それを優子と文恵には明かしていない。

                 

                 ナメッチ(20)出身:県立大曲高校

                 秀文大学経済学部経済学科。バイト先の居酒屋ではカリスマ的存在。彼女いない歴が年齢とシンクロ中。本人は努力しているものの、女子にとっては「良い人」止まりで交際まで発展しない。

                 

                 原川研一(21)出身:県立弁天高校

                 国際情報通信技術大学理工学部電子工学科。普段は東京での1人暮らし。エンジニアになるため猛勉強に励んでいたが、この夏、空間管理室室長の玉子の要請で管理室に入る。中学卒業を機に優子と別れ、高校時代の同級生である国島友紀子を挟んだ後、愛子と交際していたが、東京の大学に行くために彼女とも恋愛関係を解消した。

                 

                 国島友紀子(20)出身:県立弁天高校

                 敬学館大学社会学部メディア社会学科電脳社会学専攻。勇子と同じゼミに所属し、なおかつ研一とは同じ弁天高校時代のクラスメートで元恋人。大学では勇子にとって最も身近な存在。

                 

                 橋本明(18)出身:県立弁天高校

                 国立京都大学法学部。今は京都で文恵の支配から逃れ、晴れやかな一人暮らしをエンジョイ中。

                 

                 デンパ(20)出身:県立大曲高校

                 関西芸術大学美術学部彫刻科。独特の感性を武器に、彫刻家を目指して邁進中。夏期休暇も制作に集中するため帰省はしないとのこと。

                 

                 猫目尊(21)出身:県立弁天高校

                 国際情報通信技術大学理工学部電子工学科。研一と同様にエンジニアを目指して勉強中。優子と交際中だが、普段は東京にいるので遠距離恋愛。しかし、この半年はシステム管理研修という名目で大黒市の空間管理室に詰めている。

                 

                  深川悟朗(21)出身:大黒市立工科高校

                 中部工科大学理工学部情報工学科。大黒市にいるものの、忙しいらしく大地達ともほとんど顔を合わせない。後に音信不通になり、イリーガル大量発生事件の容疑者として大地にリストアップされることとなる。

                 

                 沖原智華(21)出身:大黒市立工科高校

                 悟朗の恋人で、彼とともに行動する知性あふれる女性。国島友紀子とは中学以来の親友。華麗な容姿と裏腹に、天性のハッキング技術を持つ。


                 原川玉子(26

                 CAT空間管理室大黒支部の支部長。職員からは昔の名残で室長と呼ばれる。過去の破天荒な振る舞いは鳴りを潜め、支部長として冷静に管理室を統括する。研修で管理室に入っている尊には信頼を置き、反抗的な文恵には容赦がない。

                 

                 小此木一郎(50

                 CAT空間管理室本部長。全国の空間管理室を統括している。小心で常に熟慮した上で判断を下す。大黒市空間管理室室長からの異例の出世で、この職は荷が重いと感じている。

                 

                 竹下直樹(33

                 CAT研究開発部所属。電脳犯罪対策課の前身、電脳犯罪対策係の創設者にして初代係長という異色の経歴を持つ。今も電脳犯罪対策課とはつながりがある模様。


                 川畑久美子(39

                 大黒市警電脳犯罪対策課電脳犯捜査二係の係長。階級は警部補。大地の上司。元キャリアウーマンで前所属は県警の交通課。仕事に対しては一切の妥協を許さず、部下にも厳しいが、根は温かい。新入りの大地をかわいがっているが、大地は彼女を恐れている。


                 
                 以上が主要な登場人物のリストです。見てお分かりの通り、『春』のオリジナルキャラも登場します。

                 物語は大黒市で正体不明のイリーガルが目撃されるところから始まり、事件が展開するに連れ、彼らの関係もめまぐるしく急転していきます。友情関係、恋愛模様。彼らの最後の青春時代の葛藤を、余すところなく描いていくというところがコンセプトです。世界観設定は非常にややこしいので今の段階では省略します。

                 それでは、これで反響があれば執筆再開検討、なければこのままお蔵入りというところで、よろしくお願いします。






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                『電脳コイル 3.00』の今後

                2012.05.20 Sunday 22:56
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                    先週の記事で此花さんと連絡が取れない状態であるとお伝えしましたが、1週間が経過した今も状況は変わっておりません。

                   ネット上だけの関係というのが何とも歯がゆいものだということは、今改めて実感します。此花さんが今どういう状況にあるのか、僕には掴むことができません。

                   此花さん自身についても大変心配ではありますが、こうなると考えておくべきは、連載中の『電脳コイル 3.00』の今後でしょう。

                   二次創作物の規制で、此花さんが連載場所を移されたのはつい最近です。ブログ開設間もなくこのようなことになるとは想像もしていませんでした。物語を移し替える時に、パートごとで文章の微修正をされたという此花さんは大変几帳面な方で、今の音信不通がなおさらただの放棄とは思えないわけです。

                   それに、物語としてもいよいよ佳境にさしかかっているところです。前話で一つのヤマを越えて、あとはクライマックスまで流れに乗っていきましょうというお話をしていたところです。

                   共同作品として立ち上がった本作。もし、此花さんが執筆できない状況にあるならば、その完結の責任は僕の方にまわってくるものと思います。

                   その点について、今の僕の胸中を記しておきます。

                   この作品も構想してからはや2年の歳月が流れました。早いようですが、随分昔のことのような気もします。

                   当然僕は、今後の物語の流れ、結末を知っています。細かい部分は忘れていますが、あの時に此花さんと交わしたやりとりは今も文章として残っていますので、どうにかそれを掘り起こして構想の骨子になぞって執筆することはできるでしょう。

                   ただ、この作品について僕が常々感じていたのは、もうほとんど僕の手から離れたな、ということです。

                   どういうことか。最近よくこのブログにも書いていますように、物語は人間ドラマだと僕は思っています。登場人物1人1人の感情は書き手の都合で左右されるものではない。つまり、どれほど最初に筋書きを固めようとも、その通りに物語が展開するはずがないのです。

                   その登場人物達の感情を汲み取るのは執筆者の役目です。此花さんは此花さんの感性でキャラの心情を読み、その動向を記していらっしゃいました。そこに不自然があれば、原稿チェックをしていた僕が指摘し、軌道修正をはかっていたのです。

                   それでも段々とキャラは執筆者のものになっていきます。此花さんはできるだけ最初に筋書きに近づけようと努力されていたと思いますが、それでも大きく展開を変える必要に迫られることもありました。

                   逆に僕としては、執筆者の感性でキャラは動いてしかるべきだと思っています。ですからそういった変更も致し方がないと考えていましたし、不満を感じているわけではありませんでした。

                   その代わり、上述したような印象をこの作品対しては抱いていました。共同作品というものに取り組んで、その点は非常に勉強になったなと思っています。

                   そんなところで執筆者が代わるというのは、作品上は決して良くないというのは明白です。此花さんの感性と僕の感性はまったく異なっていて、ここから完全な別作品になる可能性も大いにあります。それに、此花さんと僕の文章スタイルもレベルも違うのは、皆さん御存知の通りです。

                   そもそもこれまでの伏線の仕込みも、此花さんの頭の中で細かい計算があってなされていたということもあり、僕ではすべてを拾いきれないとは思います。

                   とはいえ、未完結のままにするのが最良ということはないでしょう。これまで述べた弊害があっても、どうにか完結することが読者の方の望まれていることだとは思います。

                   もちろん、此花さんがこれから復帰されることが一番です。その可能性も大いにあると思いますので、僕としてはもう少し待ちたいと思っています。期間をどのくらいにするかはわかりません。本当に僕が引き継ぐしかないという踏ん切りがついたなら、どうにか時間を工面して書き出したいと思います。

                   読者の皆さんにはご迷惑をおかけします。ですが、もうしばらく待っていただければと思います。

                   どうにか、此花さんの早い復帰を祈っています。

                   
                  お知らせ | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

                  物語を支配するルール

                  2012.05.13 Sunday 23:21
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                      まず始めに、なんとも心配なお知らせです。

                     実はちょっとここ2週間ほど、此花さんと連絡が取れない状況が続いています。ブログの方も更新されておられないようですし、連載を放り出してふと失踪するような方ではないので、とても不安です。僕としてはもう少し様子を見て、対応は考えていきたいとは思います。

                     それでは、とりあえず今週の読書論に入りましょう。

                     今回のテーマは物語を支配する"ルール"。これについて考えていきます。

                     物語における世界観の構築は、当たり前のことですがすべて著者の手に委ねられています。そしてこれは、限りなく自由の利くものです。その世界では超能力が使えたり、魔法が使えたり、幽霊が出て来たり、はたまた"呪い"で人が死んだり。

                     僕としては元々そういった超自然的現象の起こる物語、例をあげるなら『六番目の小夜子』のようなものは、どことなく釈然とはしないような思いで読んではいました。作中で超自然現象が起きて、それが結局なんであったのか説明がなされずに物語を締められると、なんとも消化不良な思いがしたものです。

                     それが許せるようになってきたのは最近のことです。つまり、物語を支配する"ルール"を決めるのは著者であって、読者ではないと気付いた時からです。

                     超自然現象の真相究明が、必ずしも物語の軸ではないということはままあります。そういった作品の場合、著者が楽しんでもらいたいのはそこではなく、もっと別のところにあるはずです。それに気付かず、そこばっかりに気を取られていては物語を楽しめていないことになります。

                     読者としての割り切りと言い換えてもいいでしょう。「著者の世界観に付き合ったるわ」ぐらいの寛容さがあれば、どんな物語もより深く楽しめるはずです。

                     と、いうのは読書を楽しむ上での初歩のところで確認するようなことでしょう。つまり僕は読書家としての心構えが長いことできていなかったことになります。皆さんはきっと、そこをしっかりと理解した上で読書に取り組まれているのだと思います。

                     もちろん、どんな世界観の作品にも"ルール"というものが存在します。読者は、その"ルール"の範囲内でなら、作中のどんな現象でも受け止められます。"ルール"から逸脱した現象が起きれば、それはもちろん読者としては不満を感じるところでしょう。

                      では、書き手にとって物語を支配する"ルール"とはなんでしょうか。

                     物語の世界観を決める時、著者によって考えていることは様々だと思います。ある人は、自分のメッセージを読者に伝えるのに必要な条件を揃えることを考えているかもしれませんし、またある人は、単にこういう不思議な世界を描きたいからと考えているかもしれません。

                     いずれにせよ、最も問題になってくるのは、書き手は自分の決めた"ルール"には絶対に服従しなければならないということと、(ここからが重要)自分の決めた"ルール"の網をかいくぐる方法を用意しなければならないということです。

                     前者は説明不要でしょう。著者はまず読者にその物語を支配する"ルール"を示さなければなりません。そうして読者にその世界観を受け入れてもらい、同時に"ルール"を読者の頭に植え付けます。その"ルール"を作中で著者が破るような真似は言語道断です。上述したようにそれでは読者が納得しませんし、物語が破綻することになります。

                     後者は抽象的ですが、しかし最も肝心な部分です。

                     読者は著者に植え付けられた"ルール"の支配下の範疇で、物語の後半の展開を予想しながら読み進めます。その予想を裏切るには、著者も"ルール"の中で物語を収めようとしてはいけません。「法の網をかいくぐる」にも似たすれすれの方法で、"ルール"を破らずに読者の想像を飛び越えなくてはならないのです。

                     もちろん、"ルール"は緻密に設定しなければなりません。網の目が細かいほど、そこをかいくぐった時の読者の衝撃は大きくなります。そのためには、"ルール”設定の他に、プラスアルファの要素を著者が仕込まなければならないこともあります。

                     全体的に抽象的でわかりにくい文章になりましたが、実際にちょっと不思議な世界を舞台にした作品を読んでもらえれば、なんとなくでも理解していただけるかと思います。特に先週ご紹介した綾辻行人氏の『Another』などを意識して今回の記事を書きましたので、そちらも是非手に取ってみてください。





                     
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                    川島の本棚 第13回 『Another』

                    2012.05.06 Sunday 22:16
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                        皆さん、連休はどう過ごされましたか。5月病に罹らないように、明日からも頑張りましょう。

                       今回ご紹介する本は、前回の"マイブック4月"でも取り上げた、綾辻行人氏の『Another』(上・下)です。















                             綾辻行人 『Another』角川文庫

                       今年の1月からアニメ化されていたので、おそらくそれで知っている方も多いかと思います。僕は現時点でアニメは見ていないので、こちらの原作に沿ってご紹介していきます。

                       まずは作者の綾辻氏について。これまでこのブログでは若手作家を中心に取り上げてきましたが(というより、僕が若手作家ばかり読んでいたからですが)、この方は皆さんも御存知の通り、日本のミステリー界では大御所というべき存在です。

                       文学史上においては、80年代終盤からミステリー界で「新本格」ムーヴメントを巻き起こした功績が評価されています。が、自分はそのあたりの歴史の流れに関しては疎いので、またそのあたりは勉強してご紹介することにします。

                       簡単にまとめれば、このブログで取り上げているような現代の若手ミステリー作家に多大なる影響を与えた作家さんということです。特に氏のデビュー作である『十角館の殺人』(1987年)は、当時の読者にとてつもない衝撃をもたらしたといいます。

                       自分もその『十角館の殺人』は読みました。確かに予想だにできない真相が用意されていたものの、悲しいかな、僕は氏の得意とする文章トリック(一般的に叙述トリックというやつですが)に対して、これまで道尾秀介氏や長沢樹氏の作品で免疫が出来上がっていたので、そこまで大きな衝撃は受けなかったというのが本当のところです。

                       もちろん、僕が同時代にこの作品に出会っていれば、その当時の読者と同じような反応になっていたはずです。何事も時代を先駆けることこそに価値があるという意味では、この『十角館の殺人』の価値が下がることはありませんし、一読の価値はあると思います。

                       さて、本題の『Another』に話を移しましょう。単行本の刊行が2009年で、文庫化されたのが2011年なので、氏の中では新しい作品ということになります。

                       それではまずは上下巻あるうちの上巻のあらすじから。

                       夜見山北(よみやまきた)中学三年三組に転校してきた榊原恒一は、何かに怯えているようなクラスの雰囲気に違和感を覚える。同級生で不思議な存在感を放つ美少女ミサキ・メイに惹かれ、接触を試みる恒一だが、謎はいっそう深まるばかり。そんな中、クラス委員長の桜木が凄惨な死を遂げた!

                       全体的なイメージとして何となく想起するのが、恩田陸氏の『六番目の小夜子』でしょう。転校生こそ主人公である恒一少年ですが、クラスに不思議な存在感を放つ美少女がいて、その彼女を巡ってクラスで不思議なことが起こってーー実際、文庫本の著者のあとがきには『六番目の小夜子』のイメージがあったと書かれています。

                       ただ、雰囲気はかなり違います。『小夜子』はみずみずしい学園生活の中に内包される闇が描かれていたのに対して、この作品では学園生活が非常に重々しく描かれています。

                       それもそのはずで、恒一が転校したクラスは、毎月クラスの関係者が死んでいく、ある種の呪い(作中では現象と呼ばれています)がかかっていたのです。そしてあらすじにもあるように、容赦なく人が死んでいきます。多少の残酷描写もあり。

                       そんな信じられないような学園生活の中で、恒一は左目に眼帯をつけた美少女ミサキ・メイの存在に惹き付けられていきます。ところが、クラスの他の生徒、そして教師陣でさえも、彼女がこの世に存在しないもののように振る舞っているのです。恒一には反応を示してくれる彼女。彼女の行動には無反応の周囲。

                       他の人間には彼女が見えていないのか? 彼女の声が聞こえていないのか? クラスにかけられた呪いに彼女は関係しているのか?

                       彼女は存在しているのか?

                       このように、ジャンルとしては"ホラー+ミステリー"という風に云うことができると思います。

                       特にミステリー要素として、物語を牽引する"謎"。これが物語が進むたびに次々に変わっていくところが、この作品の面白いところです。上巻の最も大きな"謎"というのが、上述の「彼女は存在しているのか?」というところになります。

                       1つの謎が解けると、また次の謎が浮かび上がる構造は、読者を飽きさせず一気に結末まで読ませるだけの引力があります。一方で、肝がホラーということもあり、すべての事件の真相が明快に解決するというものでもありません。

                       この作品ではあくまで、実体の見えない"呪い"に対してどう抵抗するのか、どのように人が死んでいくのを食い止めるのか、が焦点になってきます。実際には犯人がいて、すべての事件が人の手によるものだった、という真相などではないことは、ここで明言しても差し支えないと思います。

                       ですが、最後の最後に明かされる真実には驚かされること請け合いです。途中で張り巡らされている伏線の仕込みが巧妙で、また回収も見事でした。読者を引きつけてやまない物語の展開といい、さすが大御所というところでしょうか。この作品はかなり自信を持ってオススメできます。

                       ところで、上述したようにこの作品はアニメ化がされており、夏には実写で映画化も予定されているのですが、原作は忠実に再現できないだろうなとは思います。氏の文章トリックは小説だからこそ効力を発揮するものなので、映像化ではかなりそこは変えられるのではなないでしょうか。逆に、そこがどんな風に変わるのかは、見所の1つかもしれません。

                       そこはまた、楽しみにすることとします。





                      川島の本棚 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

                      『マイブック』2012年 4月

                      2012.04.29 Sunday 23:00
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                          先週はちょい忙しくて、更新できず申し訳ありませんでした。今は小説を執筆しているわけではないので、せめてブログくらいは毎週更新としたいのですが、たまにはこんな時もありますわな。

                         さて、新潮社からこのような文庫本が出ているのは皆さん御存知でしょうか?















                         


                         裏表紙を見ますと、こうあります。

                        「マイブックには日付と曜日しか入っていません。これは2012年のあなたがつくる、世界に一冊だけの本なのです。どんな風に使うかはあなたの自由。手帳として用いるもよし、日記をしたためてもよし。誰にも想いつかないオリジナルな使い方を発見するのもこの本の楽しみ方の一つです。毎日使い続けて完成させたなら、他のどの本よりも記憶に残る、かけがえのない一冊になっているはずです」

                         中身は文庫本の体裁をとった日記帳のようになっていて、なんとなく惹かれて買ったのがこの4月。340円。

                         どう使うかなと考えたところ、僕が読んでいる本や、見ているドラマ(ほとんど大河ですが)などで、僕の琴線に触れた文章やフレーズを毎日1つ抜き出して記録していくことにしました。特に文章表現などは、自分の手で他人の文章を写すことによって、だんだんとうまくなっていくと聞いたものですから、これを続ければもう少しマシな文章を書けるようになるのではないかというところで。

                         そうして書き溜まった1ヶ月分の中からいくつかを選んで、毎月最後の更新の日にこの場でご紹介しようというのがこの企画の趣旨です。

                         フレーズはとにかく僕の印象に残ったものという観点でピックアップしています。特に感動の名台詞だけを選んでいるわけではありません。紹介の際は出典を明記し、その言葉にまつわる簡単な解説を入れていくことにします。

                         それでは2012年4月期の記録をご紹介しましょう。


                         私は、帝の親政というもののさきに、いつもなにか清冽なものが見える。清冽な国、清冽な民が見える。それに近づこうとして、私は自らに戦を課しているのだと思っている。帝のために戦っている、と思ったことはない。私が見ている清冽なものは、あるいは夢かもしれぬ。私が若すぎるゆえに、抱いてしまった夢かもしれぬ。しかしそれを失った方がいいとは、一度も思わなかった。 
                         (北方謙三 『破軍の星』 北畠顕家台詞)

                         いきなりマニアックな歴史小説から。本作の主人公、北畠顕家は、後醍醐天皇による建武の新政(1333)頃に16歳にして陸奥守に任じられるなど、公家出身でありながら武にも通じていた麒麟児。後に後醍醐政権に反旗を翻した足利尊氏軍と熾烈な戦いを繰り広げることとなります。

                         この台詞は作品の序盤で彼が何のために戦うのかを表明したもの。「私が若すぎるゆえに......」というところが胸に響きます。

                         転じて、この4月に新社会人になった人にも重なる部分があるように思えます。会社は道場のようなもので、苦しくて辛い毎日が続く中で、自分はどうしてそこで働くのかを自問することはよくあるでしょう。その目的意識を失ってはすぐに折れてしまいます。

                         若いからこそ夢や想いを持っていていいのだと思います。それを失わなかった人こそが、成功するのだと僕は思います。


                         さて、次のフレーズにいきましょう。

                         
                         金がある人は低金利で資金を借りられ、金がない人は高金利でないと借りられない。これが金利というものの不条理です。 
                         (池上彰『池上彰の「ニュース、そこからですか!?」』)

                         ニュース解説でおなじみの池上彰氏の解説本。氏の著書は読みやすいので、僕も時事問題の勉強をする時にはいつもお世話になっています。

                         これはギリシャの財政危機に端を発した欧州経済危機の章でのフレーズ。何が印象に残ったのかって、うまいこと言ったな、というところだけですけどね。

                         言うまでもないことだと思いますが、カードの分割やリボ払いなどでも金利は馬鹿になりませんから、安易な利用は避けるべきですよね。カード支払いは絶対一括で。『20代で知っておきたいお金のこと』(岡村聡)という本にもそうあったので、これは皆さん肝に銘じておきましょう。


                         それでは次のフレーズを。これは少々長いです。

                         
                         だいたいにおいて世間ーーと云うか、ある種のマスコミや識者(どんな?)は、何か衝撃度・話題度の高い犯罪事件が起こると、その原因をなるべく分かりやすい、なおかつ糾弾しやすいところに押しつけてスケープゴートにしてしまおうとする。ホラー映画やいわゆる「有害」図書(最近では某都条例による「不健全」図書ですか)の、青少年の健全教育に対する悪影響ーーといった図式などはその典型だが、何かしら学習能力の低いAIめいて、ことあるごとに同じような行為を繰り返したがる性懲りのなさには溜め息しか出ない。でもって、あれこれと叩きやすいものを叩いたあげくに持ち出される言葉が、往々にして「心の闇」だったりするわけでありますな。
                         (綾辻行人 『殺人鬼 ー覚醒編』 あとがき)

                         綾辻行人氏については、次回の川島の本棚で詳しく取り上げる予定です。この言葉は、氏の『殺人鬼 ー覚醒編』というスプラッタホラー作品のあとがきにあるものです。

                         こちらは、殺人鬼が無抵抗な人間を追いつめ、ひたすら残酷な手段で殺していくという少々過激な作品です(いくら文字媒体とはいえ、朝の通勤通学の電車で読むのはオススメできません。ただ、単なるスプラッタホラーだけに終わらない、最後のどんでん返しが衝撃的な作品でもあります)。こんな内容ですから、上記のような「有害」図書として結びつけられるのは仕方ないかもしれません。

                         それに対する綾辻氏の見解ですが、これはまったくその通りですね。マスコミの程度の低さに表現の自由が脅かされている現状は、『図書館戦争』のような世界の具現化に緩やかに向かっている気がします。

                         ただ、確かに一部マスコミの誇張表現や、果ては誹謗中傷レベルの報道に対しては規制が必要なんじゃないかと思うときがあるので、そこは何とも複雑ですけどね。表現の自由とは、人を傷つけるために保障されているものなのでしょうか。

                         
                         それでは、最後に短くシンプルなフレーズで締めましょう。


                         自分自身の人生に負けるほど、馬鹿馬鹿しいことはない。
                         (道尾秀介 『龍神の雨』)

                         前に紹介した『龍神の雨』から。これも作品の序盤の言葉で、特に物語の中で重大な意味を持っていたり、名台詞というわけではありません。

                         これは主人公の添木田蓮が妹の楓に「もう生きているのが嫌だとか、そういうことだけは考えないでよね」と言われた後に、彼の心の中に浮かんだ言葉です。

                         自分で命を絶つというところまではいかなくても、やっぱり人間生きていく中で理不尽なものを背負いこまなければならず、生きているのが辛くなることはあると思います。拡大解釈するなら、自分自身の人生は自分の選択の1つ1つが積み重なった結果であり、それが今どんな逆境であったとしても、そこから逃げ出すのは"自分に負ける"ということになるのでしょう。

                         それを馬鹿馬鹿しいことだと思えば、逆に奮起できる。そういう言葉じゃないかと思いました。

                         こんな感じで、毎月やっていきたいと思います。それでは本日はこの辺で。

                         
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