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    好きなミステリー小説は

    2012.02.05 Sunday 22:19
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       今回の記事では読書にまつわることで僕が感じていることを、つらつら書いていこうかなと思います。「川島の本棚」とはまた違って、読書論のようなことを展開するつもりです。初めての試みですね。

       ただ、読書論とは言え、そんなたいそうなことを書くつもりはないです。僕は読むより書く方が好きなので、よく読む人と比べれば読書量は多くありません。そんな僕が本の読み方を論じるのは大変僭越なことではありますが、物語を書いている立場から言えることもあるかと思いまして、今回はひとつ挑戦してみようと思います。

       さて皆さん。ミステリー小説は好きですか。好きだという方は、どんなミステリー小説がお好きですか。

       と、いきなり漠然とした質問をしてみました。こう訊かれると、答え方に迷いますよね。ミステリー小説という言葉がカバーする範囲は広いですから。

       例えば、先日このブログでも紹介した高野和明氏の『ジェノサイド』。宝島社が毎年刊行している『このミステリーがすごい2012年版』で堂々の1位にランクインしています。しかし、あの小説はSFや戦争などの要素も含まれているので、総合格闘技のような特性を帯びています。あれを「ミステリー小説」と紹介する人はいないのではないでしょうか。

       このように、作中に何らかの謎が出てきて、それが読者の好奇心を煽り物語を牽引している場合、それはミステリー小説と言えますよね。その意味では『電脳コイル』のオフィシャル小説や、僕の『電脳コイル 春』でもミステリーと言うことができます。ミステリーの要素を含まない大衆小説を探す方が難しいぐらいです。

       そういった中で、どんなミステリーが好きか、などと訊くのは本気で「推理小説」を愛する人にしか通用しないのではないでしょうか。好きな方は、例えばクローズドサークルとか、倒叙とか、安楽椅子探偵と答えられるかもしれません。これらは僕がWikipediaで調べて知ったミステリーのジャンルで、本格推理小説に頓着のない人には聞き慣れない言葉だと思います。

       あまりミステリーという枠にとらわれないで読書をしている方の中には、面白ければジャンルなんて何でもいいという方もいらっしゃるかもしれませんね。僕はどちらかと言うと、そういう人間です。

       では、そういった方に再度質問です。面白ければ、あなたは犯人探しやトリックの見破りといった事件の真相解明だけに終始し、人間ドラマのないミステリーに満足できますか。

       僕の答えはノーです。

       なぜなら、僕は論理思考が苦手なので読みながら推理を楽しめないから。そして、人間ドラマにこそフィクションの醍醐味を感じるからです。

       『このミス』によると、ミステリーというジャンルは長らく人間の心理描写の薄さを批判される歴史を辿って来たようですね。心理描写に特化した純文学とは対極に位置していると言えますし、優れた純文学に贈られる芥川賞はともかく、優れた大衆文学に贈られる直木賞の選考ですら上述のような本格推理小説は軽視されているという話です。

       つまり、芥川賞・直木賞の選考基準を当てはめると、優れた小説とは人間がよく書けているもののことを言うのでしょう。僕の感性に近いとはいえ、この歴史と権威ある賞の選考にしては視野が狭いような印象があります。

       一般的な感覚からすれば、優れたミステリー小説とは事件の真相解明と人間ドラマの両方に読み応えのある小説であることは間違いないでしょう。そのバランスこそが大切なのですね、と結論づけては面白くないのでもう少し踏み込んだ話をします。

       真相解明と人間ドラマ。ミステリーを書く作家さんによってどちらに比重を置くかはそれぞれ違うはずですし、作品によっても変わってくるはずです。そんな中、以前ここでご紹介したこともある道尾秀介氏は、人間を書くのにミステリーが最も適した形であるから自分はミステリーを書くのだ、と公言されています。

       ということは、氏はミステリーを人間ドラマを書くための手段にしているわけです。これは事件の真相解明そのものをフォーカスする本格推理小説を書く作家さんとは、同じミステリーというジャンルの中でもまったく創作態度が違います。

       だから、と言っては道尾氏に大変失礼ですが、氏が直木賞を受賞しているのも納得できます。僕が氏の小説が好きなのも同じ理由からです。

       この手法で書かれる小説は、作中で起こる事件のトリックの組み方ではなく、文章そのものの組み方に大変気が配られている気がします。どのように事件を登場人物の心情に合わせて描写するかが鍵になってきますからね。道尾氏が大胆な叙述トリック(作者が読者に対して仕掛ける文章トリック)を得意としているのは、物語を建築する腕が抜きん出ているからでしょう。

       反面、この手法で書かれた小説の中で起こる事件には、ご都合主義的な真相もまま見受けられます。こうした小説では人間の描写を第一としており、事件そのものは人間ドラマを引き立たせる演出材料という位置づけになるので仕方のないところでもあります。

       ですので、本格推理小説を愛する人にこの手の小説はウケが悪いようです。これは本格推理小説が直木賞の選考委員にウケが悪いのと逆の理由からですね。

       先ほど挙げた『このミス』は、どちらかと言うと本格推理小説に点が入りやすいようです。2012年版第2位にランクインしている米澤穂信氏の『折れた竜骨』(氏の小説も好きなのに、まだ手をつけていなかったのは不覚でした)は一風変わったファンタジー世界における本格推理モノ。道尾氏と米澤氏はミステリー界の次代の旗手ともいえる存在ですが、そのスタイルは対極にあると言えそうです。

       ちなみに「川島の本棚」第1回で取り上げた米澤氏の『ボトルネック』は、氏の小説にしては珍しくミステリーの方が手段になっている気がします。だからこそ僕がハマったのでしょうね。逆にミステリーを目的とする『インシテミル』は、少々僕の趣味からはずれていました。

       それでは一番はじめの質問に戻りましょう。僕があの質問で訊きたかったのは、皆さんはミステリーを目的とする小説か、ミステリーを手段とする小説のどちらが好きですか、ということでした。

       そして僕の答えはミステリーを手段とする小説です。事件の解決に少々腑に落ちないところや、ご都合主義的なところがあっても、人間ドラマとして楽しめた小説であれば僕は満足できます。道尾氏の小説のような大胆な仕掛けなどもあるとなお良いです。それはすなわち、自分が書きたいと思う小説の形でもあります。

       もちろん、これは好みの問題になってきます。僕は本格推理小説を批判するつもりはありませんし、その手の小説も楽しめるようになりたいと思っています。

       今回僕が言いたいのは、楽しみ方をある程度どちらかで割り切った方が良いのではないかということです。真相解明と人間ドラマの両方で満足できる小説は傑作で間違いありませんが、そのような傑作にはそうそう出会えません。だから自分の好みがどちらであるかを知り、その傾向に合わせた作家さんを探し出すことで、読書がさらに楽しめるようになると思うのです。言っていることは当たり前のことですけどね。

       その判断基準の1つとして、ミステリーを手段とする小説か、目的とする小説か、という観点を提案したいのです。おそらくそれは作家さんによってどちらかの傾向に別れるものだと思います。自分の好みの作家さんを探す時にそこを意識してみてはいかがでしょうか。

       次回はこのミステリー小説の分類を踏まえて、「川島の本棚」で僕好みの青春ミステリーをご紹介したいと思います。

       

       












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