奏作空間

Reading & Creation Space "SOH"

スポンサーサイト

2015.02.13 Friday
0

    一定期間更新がないため広告を表示しています

    - | - | - | - | - |

    叙述トリックは諸刃の剣

    2014.04.05 Saturday 21:31
    0
      いつも閲覧頂き、ありがとうございます。

      約1ヶ月ぶりの更新です。
      すっかり温かくなりましたが、
      また冷え込んでますね。
      天気も悪いし、この時期には残念な週末です。

      前回、『折れた竜骨』のご紹介をしまして、
      次回はそのネタバレ覚悟の感想文を載せます、
      と宣言していましたが、あっさり覆します。
      ごめんなさい。

      あれから次々に本を読むうち、
      内容が頭から薄れていったんですよね。
      感想文は読後すぐに書かなきゃな、と反省しています。

      なので一言。
      本当に面白い小説なので、
      内容は読んで確かめてね。

      さて、今回のテーマは叙述トリックについてです。
      これまでも何度か取り上げたこともありますね。
      それに対する今の僕の所感を書き連ねます。
      毎度ながら、まとまりのない内容になると思いますが、
      ご容赦ください。

      まず、叙述トリックとは何ぞや、という方に対して、
      簡単な例をもってご紹介します。

      小説は文章だけで構成されており、
      絵が見えないという特徴があります。
      それを逆手に取って、
      著者自身が読者を欺くために用いる文章トリックのことを言います。

      例えばこんな感じ。

      日本でも屈指の規模を誇る大学病院に、
      外科手術で名の通った教授がいた。
      その教授が執刀したオペは、信じがたいことに、
      ほぼ確実に成功するのである。
      それゆえ教授は、周囲からはゴッドハンドと呼ばれていた。

      ある日、病院に急患が担ぎ込まれた。
      交通事故患者で、内臓破裂の疑いがあり、
      早急に手術をしないと危うい状態である。
      教授はその手術を執刀することになった。
      どんな大手術でも、平常心が揺らいだことはない。
      積み重ねた場数からくる圧倒的な自信を胸に、
      手術室へと踏み込んだ教授はしかし、
      その心臓を撃ち抜かれたような衝撃を受けた。
      手術台に乗せられていたその患者は、教授の夫だったのだ。


      このストーリーは、とある人からお聞きしたものを、
      僕なりの文章にしたものです。オリジナルじゃありません。

      これは、読者の先入観を利用した叙述トリックだと云えるかと思います。
      外科手術の名医、大学病院の教授、ゴッドハンドとくれば、
      大体の人は男性を想像すると思いますが、
      この話の教授とは女性だったというオチです。

      教授という言葉を連発しているのは、
      これを"彼女"としてしまえば、オチが読者にバレるからです。
      このように、著者は核心の部分意図的に伏せるよう、
      文章を構築していきます。

      読者からすれば、自分が想像していた世界が、
      見事にひっくり返される気分を味わうことになります。
      それが快感だと思う人がいるわけですね。
      僕自身がそうです。

      今、この手の小説がプチブームになっているみたいです。
      叙述トリックで有名になった流行作家さんもいますし、
      古い時代の叙述トリック作品も、改めて文庫が出版されたりしています。

      叙述トリックに初めて触れた時の衝撃は凄まじく、
      それで病みつきになっていた時期もありますが、
      今の僕が思うのは、これって諸刃の剣だな、ということです。

      叙述トリックは著者が読者に対して仕掛けるものなので、
      本来的に作中の登場人物とは何の関わりもありません。
      ストーリーと絡ませるのが非常に難しいのは、容易に想像できます。

      ですので、ストーリー上、
      別に叙述トリックを用いる必要はなかったよね、
      という作品が、結構たくさんあるのです。

      それはそれでいいと思います。
      作家さんは、叙述トリックを使いたいのですから。

      ただ、叙述トリックに比重を置くと、
      無理が生じてくるのはストーリーの方です。
      それに対して、小説を成立させるためにどうするか......

      ご都合主義に走らざるを得ないのですね。

      正直、叙述トリックの用いられる作品は、
      ストーリーが凡庸になることが多い気がします。
      中には、笑えるぐらい著者にとって都合の良い設定だな、
      と思った作品もあります。

      叙述トリックのための小説は、
      突き詰めるとそんなに魅力はないということです。

      そのくらいハードルが高いということですけどね。

      しかし、そのハードルを越えた作品というのもあるわけです。
      ストーリーと叙述トリックがうまく絡み合えば、
      後世語り継がれる名作にもなり得るんじゃないかと。

      僕がここまで語って、じゃあどなたを推すのかと云うと、
      ベタで大御所ではありますが、綾辻行人氏のほか思い浮かばないですね。

      ちなみに、これは僕自身が指摘されたわけではないのですが、
      この作品は叙述トリックが用いられていると公言するのは野暮ですよ、
      という意見をネット上で見かけまして、
      それは確かにと思ったことがありました。
      何の前情報もなく読み進めて、叙述トリックでどんでん返し、
      というのが一番楽しめますからね。

      ですので、今後は本のご紹介をするときは、
      そういったことは書かないようにします。
      過去の紹介文まで直すことはしないのですが。

      それではまた、良い本と出会えたら、
      ご紹介したいと思います。























































       
      川島の本棚 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

      川島の本棚 第14回 『折れた竜骨』

      2014.03.09 Sunday 00:08
      0
        いつも閲覧頂き、ありがとうございます。

        日差しはもう春のものですが、
        しんと冷えた空気はまだまだ辛辣な3月、
        というところでしょうか。

        今日は小説のご紹介をしたいので、
        久方ぶりの川島の本棚です。

        もう少し『新世界より』で引っ張ろうかと思ったのですが、
        先日読了したものがあまりに面白かったので、
        ご紹介せずにはいられませんでした。

        今回取り上げるのは、
        当コーナーの第1回で取り上げて以来、
        最も思い入れの強い作家さんとなった米澤穂信氏より、
        まごうことなき傑作『折れた竜骨』です。















        画像は単行本のもの。
        上下巻で文庫本も出てるよ。





        さて。アニメ『氷菓』のヒットで、
        古典部シリーズは一気に人気沸騰。
        どこの本屋さんでも目立つところに置かれるようになり、
        僕自身も感慨深いものがありました。

        この学園ミステリーで知名度を高めた米澤氏。
        しかし、他の作品に触れていると、
        その引き出しの多さにただただ感服してしまいます。

        おそらく古典部シリーズから入った方は、
        この『折れた竜骨』が同じ著者のものとは、
        夢にも思わないでしょう。

        本作は剣と魔術の世界を舞台に繰り広げられる、
        本格ミステリー・ファンタジー風冒険大活劇だからです。

        米澤氏の得意とするのは、
        なんといっても緻密なロジックからなる、
        本格ミステリーです。

        それを一見なんでもありに見える、
        ファンタジー世界でやってしまったというのがこの作品。
        作中のセリフにも出てくるこの作品のテーマは、
        "理性と論理は魔術をも打ち破る"です。

        物語は12世紀末のイングランド。
        大小2つの島からなるソロン諸島。
        ファンタジーではありますが、
        史実に基づいた舞台設定になっています。

        エイルウィン家によって治められるソロン諸島は、
        一見平和に見えるのですが、
        国内外の様々な脅威にさらされている状況でした。
        そんなとき、エイルウィン家の当主が、
        何者かによって殺害されます。

        その当主殺害の実行犯を突き止めるのが、
        この物語の軸となります。

        上述したように、魔術の存在する世界ですから、
        まともに推理などできないように思われます。
        しかしそれではミステリーとして成立しません。

        米澤氏は魔術によって作品が崩壊しないよう、
        これもまた緻密な設定により、
        この殺人事件が合理的な解決へと導かれるように、
        世界を構築されています。

        以前、"物語を支配するルール"という記事を書いたことがありました。
        著者はこのようなファンタジー小説では、自由な設定ができます。
        しかし、物語を引き締めるために、著者はその世界におけるルールを、
        細かく設定しなければなりません。そのルールの範囲でのみ、
        著者は物語を展開させ、収束させなければならないのです。

        著者が自ら決めたそのルールを破るのは、アンフェアです。
        が、著者はまた、そのルールの下で読者の予想を裏切らなくてはいけません。

        これだけのことをしようとすると、
        ハードルはどうしても高くなってしまうと思います。
        しかし、この小説はその点の完成度が非常に高いです。

        つまり、魔術が存在するこの突飛な世界観においても、
        事件の解決部分は論理的で読者を納得させるだけのものがあり、
        かつそれが、衝撃的な結末を迎えるのです。

        各所で高い評価を受けている作品だけあります。
        物語構築においては芸術の域と云っても過言でもないかと。

        さらに、冒険大活劇と上述したように、
        事件が起こって推理、謎解きという、
        オーソドックスなミステリーの展開に加えて、
        非常に手に汗に握る戦闘シーンも見られます。
        これは米澤氏の作品では珍しい。

        しかもその戦闘シーンまでも、
        謎解きの伏線になっているというのが、
        なんとも巧妙です。

        ほかにも、些細な描写でさえ重要な伏線になっている部分もあり、
        登場人物(容疑者)たちの一挙手一投足から目が離せません。
        また、多種多様な文化をもって登場する彼らは、
        一様に謎をまとっており、とても魅力的に描かれています。

        皆様も是非、剣と魔術の織り成す極上のミステリーを、ご堪能ください。

        以上、米澤穂信氏の『折れた竜骨』をご紹介しました。

        と、いつも紹介文を書いているだけだと、
        皆様に内容が伝わっているのか不安ですし、
        何より僕自身が消化不良です。

        ですので、今度はネタバレ必至の内容で、
        細かい感想を書こうかなと思っています。

        これから読む方は、その記事は見ないでくださいね。
        読み終わってから見てくださいね。

        それではまた。
        暖かくなる頃にお目にかかることができればと思います。







         
        川島の本棚 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

        『新世界より』 再燃

        2014.02.22 Saturday 21:52
        0
          いつも閲覧頂きまして、ありがとうございます。

          今回は、かなり以前に川島の本棚でご紹介した、
          貴志祐介氏の『新世界より』について語りたいと思います。

          僕は此の度、再び本作にのめりこんでしまったので、
          タイトルを再燃とさせて頂きましたが、
          小説を読み返したわけではなく、
          ふと思ってアニメ版を見たのが、
          火が付いたきっかけでした。















          アニメ版は今から1年前ぐらいに放映されていました。
          小説を読んでかなり経ってから、
          アニメ化されるというのを知ったのですが、
          特にそのときは見ようと思わず、
          本当に最近になって、ふと思って見てみたんですよね。

          ところが、このアニメが原作に勝るとも劣らず、
          実に秀逸でした。

          風景、人間、動物の描写、挿入歌、BGM。
          どれをとっても効果的で、
          原作小説を読んでいる以上に、
          この世界観が堪能できるようになっています。
          本来はホラーテイストで、グロテスクなきらいもある原作ですが、
          程よい加減の描写になっていると思います。

          しかも話のテンポも良い。
          ボリューム満天の原作よりも、
          流れがわかりやすくなっています。
          本筋は原作とまったく同じと言っていいでしょう。

          ですので、アニメ版だけを見るだけでも、
          存分に物語を楽しむことができます。
          内容は以前に当ブログでもご紹介した通りです。

          全編通した感想を書きたいところですが、
          あくまで紹介文なので、過度なネタバレも野暮かと思います。

          というわけで、物語の核心には触れないように、
          僕の思うことを書いていきます。

          この物語は、1000年後の未来、呪力を持つに至った人間と、
          その人間に支配される、知能を持った獣の話です。

          しかし内容は、以前にもご紹介した通り、
          現代社会を痛烈に風刺したものとも読み取れます。
          あらゆる場面が、現代社会の抱える様々な矛盾と重なり合います。

          例えば、呪力を持つ人間と、それを持たない獣の、
          支配と被支配の関係について。
          持つものと持たざるものの立場が二極化される構図は、
          現代の格差社会に重ねてみることもできるかと思います。

          アベノミクスで景気が上向きだと云いますが、
          実際に僕らの暮らしは楽になっているでしょうか。
          今の社会は、財産や権力を持つ人たちだけが、
          豊かになっていく仕組みになっているんじゃないでしょうか。

          しかし、そう考える僕だけが苦しいのでしょうか。
          物資豊富で何不自由なく暮らせるこの国の人たちはみな、
          遠くの国で、想像を絶する劣悪な環境で生きる人たちに支えられて、
          生きているのではないでしょうか。

          人類社会を築き上げる上で、人々が積み重ねてきたこの"業"こそが、
          この物語の最大のテーマだと思います。
          人間は冷酷で残忍な生き物であり、
          自分の周囲の幻想だけを見て、その外にある現実を忘れ、
          生きているのだなと思います。
          この物語の美しい原風景は、その幻想の象徴に見えます。

          重い話をしても、皆さんがあんまり魅力は感じないかもしれませんし、
          僕もあんまり説教じみたことを書きたくはありません。
          それこそ、そういったことを伝えたいのであれば、
          小説という形で伝えたいなとは思っています。

          話はそれましたが、話の重さは人それぞれの受け取り方次第であって、
          僕としては、これだけ壮大でありながら伏線の仕込み、
          話の展開が見事な物語にはそうそう出会えないと思っています。
          是非皆さんにも肌で感じて頂ければと思う所存です。

          アニメ版に関して、ただひとつの不満があるとすれば、
          全25話あるうちの第5話だけ、極端に画風が変わっている点です。
          あの回は、画の違和感が終始気になり、内容が頭に入ってきにくいです。
          まさに画竜点睛を欠いたというところでしょうか。

          それを除けば、本当に完成度の高い作品に仕上がっていると思います。
          原作の分厚さに気圧された方は、アニメだけでもどうぞ。

          それから、この『新世界より』という物語には続編があり、
          『新世界 ゼロ年』という題名で小説の連載が進んでいるようです。
          連載は終わったのかどうか未確認ですが、
          遠くないうちに単行本が出るのではないでしょうか。

          続編という位置づけですが、舞台は『新世界より』の1000年前、
          つまり現代です。
          呪力を持った人間が現れ始めた時点が描かれ、
          『新世界より』で語られる血みどろの歴史、
          暗黒の500年につながっていくのではと思います。

          救いのあるお話になるかどうかはわかりませんが、
          怖いものみたさというのもあります。
          僕は非常に楽しみにして待っています。

          貴志祐介氏のほか作品に関しては、
          映画化されたことで有名になった『悪の教典』を、
          今後取り上げてみようかなと思います。











           
          川島の本棚 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

          諸葛亮孔明について 北方『三国志』より

          2014.02.11 Tuesday 22:07
          0
            閲覧いただき、ありがとうございます。

            あっという間に1月も終わり、2月も半ばにさしかかりました。

            お正月の記事でご紹介した、北方『三国志』。
            現在も絶賛通読中です。

            今回はこちらの本より、諸葛亮孔明のお話をしようと思います。

            『三国志』をまったく知らない方、
            ご興味のない方はごめんなさい。

            また、僕の知っている『三国志』は、
            この北方謙三氏著のものと、
            漫画の横山光輝『三国志』だけですので、
            詳しい方もごめんなさい。

            それでは本題に入ります。

            諸葛亮孔明の一般的なイメージは、
            戦では常に先を読み、
            あらゆる策をもって敵を術中に嵌める、
            スーパー軍師というところでしょうか。

            ある意味、その非人間的な天才ぶりが、
            ネタ化されてもいますよね。

            孔明の実像はというと、
            適正は民政にあったようで、
            軍事的な才能は創作であるようです。

            先にあげた『三国志』のうち、
            北方氏著は後者、横山氏著は前者のイメージに近いです。

            僕はどちらかというと、
            人間味のある北方『三国志』の孔明の方が好きです。

            とはいえ、横山『三国志』の中での司馬懿のセリフ、
            「げえ!! 孔明!!」も捨てがたいですけどね。

            それは置いといて。

            今回孔明をテーマにしたのは、
            僕が北方『三国志』を通読していて、
            彼のどこに凄みを感じたのか、
            お伝えしたかったからなんです。

            それを一言で表せば、
            ”明確なビジョンを描きそれを実行する力”、
            ということになると思います。

            『三国志』における孔明の登場前後の流れを見ながら、
            それを説明します。

            三顧の礼をもって孔明を迎え入れる前の劉備は、
            漢王室の再興という志を持ちながら、
            拠って立つ地もなく、流浪の身に甘んじていました。
            関羽、張飛、趙雲という、
            一騎当千の将軍たちを率いていながらです。

            中国の北は曹操が勢力を伸ばし、
            南は孫家が着々と地盤を固める中で、
            このときの劉備はかなりの閉塞感を覚えていたことでしょう。

            だからこそ劉備は、
            藁にもすがる思いで孔明の草廬を訪れたのです。

            孔明はそこで、
            劉備に「天下三分の計」を示しました。

            僕はこの「天下三分の計」こそが、
            孔明の才智の発露だと思うのです。

            というのも、劉備は志は誰よりも高く、
            それを拠り所に多くの戦を乗り越え、
            幾多の陣営を渡り歩いて、
            この時代まで生き残っていたのは賞賛に値すると思いますが、
            どうも行き当たりばったりなのです。
            先の先まで見据えた行動をとっていたとは言えません。

            そんな劉備に孔明はビジョンを与えました。
            漢王室再興のための、「天下三分」。
            巨大化した曹操への唯一の対抗手段です。

            目からウロコの劉備は、
            以降、自軍の指針を孔明に委ねます。

            孔明はその後、孫家と連合し、
            赤壁で曹操を打ち破り、果ては蜀の地を奪取するに至ります。

            その過程で彼は、
            ”いついつまでに劉備軍がどうなっていなければならないか”、
            というビジョンを常に描いていたことでしょう。

            目的地は「天下三分」、その先の「漢王室再興」です。

            劉備のように志は高くても、
            それだけで成功には至りません。
            もちろん、”志”は成功に至るためには絶対に必要です。

            その次に必要なのは、成功に至るプロセスを、
            明確なビジョンとして持つことです。
            「天下三分の計」に象徴されるように、
            時勢を見る目も大切でしょう。
            その時勢を見る目を養うには、
            情報収集も欠かせません。

            さらに必要なのが、自分で描いたビジョンに向かって
            アクションを起こす、"実行力"になると思います。
            頭の中で描いただけでは、何も状況は変わりません。

            局地的な勝敗よりも、
            自らが描くビジョン通りに劉備軍を導いていった孔明に、
            僕は凄みを感じます。

            ちなみに、曹操はこれらのものをすべて持っていたと、
            言えると思います。僕は『三国志』の登場人物中では、
            彼が最も好きです。

            ただ孔明の場合、その登場の時点で、
            天下の趨勢は曹操に決まりかけていました。
            その状況を打開した彼は、月並みですが、
            やはり偉大だと思います。

            僕も学生時代にこういうことを感じていればな、
            なんて思うことがあります。

            しかし、そう嘆くのも愚かなことですよね。
            孔明の登場は確かに遅かったですが、
            それでも「天下三分」までは彼のビジョン通りに、
            運んだわけですからね。

            どんな状況も必ず開ける。
            そのためには何をしなければならないか。

            それを教えてくれた孔明のお話でした。










             
            川島の本棚 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

            川島の本棚 第13回 『Another』

            2012.05.06 Sunday 22:16
            0
                皆さん、連休はどう過ごされましたか。5月病に罹らないように、明日からも頑張りましょう。

               今回ご紹介する本は、前回の"マイブック4月"でも取り上げた、綾辻行人氏の『Another』(上・下)です。















                     綾辻行人 『Another』角川文庫

               今年の1月からアニメ化されていたので、おそらくそれで知っている方も多いかと思います。僕は現時点でアニメは見ていないので、こちらの原作に沿ってご紹介していきます。

               まずは作者の綾辻氏について。これまでこのブログでは若手作家を中心に取り上げてきましたが(というより、僕が若手作家ばかり読んでいたからですが)、この方は皆さんも御存知の通り、日本のミステリー界では大御所というべき存在です。

               文学史上においては、80年代終盤からミステリー界で「新本格」ムーヴメントを巻き起こした功績が評価されています。が、自分はそのあたりの歴史の流れに関しては疎いので、またそのあたりは勉強してご紹介することにします。

               簡単にまとめれば、このブログで取り上げているような現代の若手ミステリー作家に多大なる影響を与えた作家さんということです。特に氏のデビュー作である『十角館の殺人』(1987年)は、当時の読者にとてつもない衝撃をもたらしたといいます。

               自分もその『十角館の殺人』は読みました。確かに予想だにできない真相が用意されていたものの、悲しいかな、僕は氏の得意とする文章トリック(一般的に叙述トリックというやつですが)に対して、これまで道尾秀介氏や長沢樹氏の作品で免疫が出来上がっていたので、そこまで大きな衝撃は受けなかったというのが本当のところです。

               もちろん、僕が同時代にこの作品に出会っていれば、その当時の読者と同じような反応になっていたはずです。何事も時代を先駆けることこそに価値があるという意味では、この『十角館の殺人』の価値が下がることはありませんし、一読の価値はあると思います。

               さて、本題の『Another』に話を移しましょう。単行本の刊行が2009年で、文庫化されたのが2011年なので、氏の中では新しい作品ということになります。

               それではまずは上下巻あるうちの上巻のあらすじから。

               夜見山北(よみやまきた)中学三年三組に転校してきた榊原恒一は、何かに怯えているようなクラスの雰囲気に違和感を覚える。同級生で不思議な存在感を放つ美少女ミサキ・メイに惹かれ、接触を試みる恒一だが、謎はいっそう深まるばかり。そんな中、クラス委員長の桜木が凄惨な死を遂げた!

               全体的なイメージとして何となく想起するのが、恩田陸氏の『六番目の小夜子』でしょう。転校生こそ主人公である恒一少年ですが、クラスに不思議な存在感を放つ美少女がいて、その彼女を巡ってクラスで不思議なことが起こってーー実際、文庫本の著者のあとがきには『六番目の小夜子』のイメージがあったと書かれています。

               ただ、雰囲気はかなり違います。『小夜子』はみずみずしい学園生活の中に内包される闇が描かれていたのに対して、この作品では学園生活が非常に重々しく描かれています。

               それもそのはずで、恒一が転校したクラスは、毎月クラスの関係者が死んでいく、ある種の呪い(作中では現象と呼ばれています)がかかっていたのです。そしてあらすじにもあるように、容赦なく人が死んでいきます。多少の残酷描写もあり。

               そんな信じられないような学園生活の中で、恒一は左目に眼帯をつけた美少女ミサキ・メイの存在に惹き付けられていきます。ところが、クラスの他の生徒、そして教師陣でさえも、彼女がこの世に存在しないもののように振る舞っているのです。恒一には反応を示してくれる彼女。彼女の行動には無反応の周囲。

               他の人間には彼女が見えていないのか? 彼女の声が聞こえていないのか? クラスにかけられた呪いに彼女は関係しているのか?

               彼女は存在しているのか?

               このように、ジャンルとしては"ホラー+ミステリー"という風に云うことができると思います。

               特にミステリー要素として、物語を牽引する"謎"。これが物語が進むたびに次々に変わっていくところが、この作品の面白いところです。上巻の最も大きな"謎"というのが、上述の「彼女は存在しているのか?」というところになります。

               1つの謎が解けると、また次の謎が浮かび上がる構造は、読者を飽きさせず一気に結末まで読ませるだけの引力があります。一方で、肝がホラーということもあり、すべての事件の真相が明快に解決するというものでもありません。

               この作品ではあくまで、実体の見えない"呪い"に対してどう抵抗するのか、どのように人が死んでいくのを食い止めるのか、が焦点になってきます。実際には犯人がいて、すべての事件が人の手によるものだった、という真相などではないことは、ここで明言しても差し支えないと思います。

               ですが、最後の最後に明かされる真実には驚かされること請け合いです。途中で張り巡らされている伏線の仕込みが巧妙で、また回収も見事でした。読者を引きつけてやまない物語の展開といい、さすが大御所というところでしょうか。この作品はかなり自信を持ってオススメできます。

               ところで、上述したようにこの作品はアニメ化がされており、夏には実写で映画化も予定されているのですが、原作は忠実に再現できないだろうなとは思います。氏の文章トリックは小説だからこそ効力を発揮するものなので、映像化ではかなりそこは変えられるのではなないでしょうか。逆に、そこがどんな風に変わるのかは、見所の1つかもしれません。

               そこはまた、楽しみにすることとします。





              川島の本棚 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

              "SF"というイメージ

              2012.04.15 Sunday 22:47
              0
                  先日の此花さんのブログの記事で、"SF"作品に触れられたものがありまして、僕も"SF"という言葉に対して感じていることを書いてみようかなと思いました。此花さんの評論と比べると、何とも幼稚な内容になってしまいそうなんですけれども。

                 最近、僕は周りの近しい人に、ネットで小説を書いていることを明かすようになってきたんですね。ただ、あまり二次創作をしているとは言わないですし、今となっては作品が見られなくなったので言えないんですけれども。

                 小説を書いているという事実だけを告げれば、当然「どんな小説を書いているの?」と訊ねられます。その時には「しいて言うならSFかな」と返すわけです。『電脳コイル』はもちろん、構想中の次回作もそれに近い性格を帯びていますので。

                 そうしたら大体の場合「それってタイムトラベルもの?」とか、「スターウォーズみたいなやつ?」という風に返ってきます。

                 僕ら世代(20代半ば)の"SF"のイメージは、おおよそこのようなもののようです。僕としてはそれらを狭義での「SF」と捉えています。

                 Science Fictionですから、言葉だけを捉えればどこか科学的(という言葉の定義自体が曖昧な気がしますが)な要素が入った物語のことを指すのはもちろん納得できます。タイムマシーンだとか、宇宙だとか、ロボットだとか。しかし、科学的な要素が入っていなくても、現実世界にないものが具現化した世界を舞台にした物語は、これも"SF"と呼べると思います。

                 例えば、以前このブログでも取り上げた『図書館戦争』などもそうです。メディア規制法によって情報統制が当たり前に行われる社会。非現実的ながら、現実世界が一歩道を間違えれば行き着いてしまいそうな世界が描かれていますよね。だからこそ社会風刺として読むことができますし、僕達も身につまされて考えさせられるところがあるのです。科学的というよりも、社会的。Social Fictionとでも言えるのではないかと思います。

                 こういう類の物語は、往々にして時間設定が近未来になることが多いような気がします。『図書館戦争』も西暦で言えば2010年代の後半のお話でしたしね。それは現代を風刺する作家による未来への警鐘と受け取ることもできます。

                 世の中に溢れる不条理が、何らかの形で具現化したちょっと不思議な世界観。米澤穂信さんの『ボトルネック』などもそれに当てはまると思います。これこそ僕が"SF"作品に求めるものであり、何とか書いてみたいと思うものでもあります。実はお蔵入りになった『電脳コイル』二次創作の次回作も、こんな性格を帯びた物語になる予定でした(『電脳コイル』自体が純粋なScience Fictionと言えるので、僕の言うSocial Fictionと合わせて、2つの意味を持ったSFになるところでした)。

                 話を元に戻すと、「どんなSF小説を書いてるの?」と訊ねられた時には、何とかこのようなことを相手に伝えたいと思ってるんですね。しかし、大抵の場合は通じません。相手がこういった作品に触れたことがない限り、こちらが説明してもピンときてもらえないんですよね。

                 なんとか短い言葉でこういったことが伝えられたらなあと思いつつ、本日はこれにて切り上げます。

                川島の本棚 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |

                川島の本棚 第12回 『龍神の雨』

                2012.04.08 Sunday 21:28
                0
                    まずはお知らせから。先日お伝えしていた通り、これから『3.00』の連載を移すことになる此花さんのブログが開設致しました。このブログからもリンクを貼っておきますので、チェックしてみてください。一応、ここにもURLを載せておきます。

                   さんざめきの始まりの終わり
                   http://verklaeren.blog.fc2.com/

                   さて、今週は久しぶりに道尾秀介氏の作品をご紹介します。先日文庫化されたばかりの『龍神の雨』です。

















                      





                     『龍神の雨』新潮文庫

                   氏の小説は、以前にご紹介した『向日葵の咲かない夏』を含め8作ほど読みましたが、個人的な感想として、この作品は最上位に位置づけられます。僕の好みなど色々とありますが、登場人物の感情描写の面でとても緊迫感があったかなと。

                   それでは簡単にあらすじを。

                   添木田蓮(そえきだれん)と妹の楓は事故で母を失い、継父と三人で暮らしている。溝田辰也と圭介の兄弟は、母に続いて父を亡くし、継母とささやかな生活を送る。蓮は継父の殺害計画を立てた。あの男は、妹を酷い目に遭わせたからーーーそして死は訪れた。振り続く雨が四人の運命を侵してゆく。彼らのもとに暖かな光が射す日は到来するのか?

                   ご覧の通り、話としてはかなり陰鬱です。しかし改めて思うのは、力のある作家は「陰」の作品にこそ引力があるということです。終始暗いトーンで進む『向日葵』の時と同様に、ページをめくる手が止まらなくなりました。

                   特にこの作品は、タイトルの通り「龍」が一つのモチーフになっていて、登場人物達を呑み込もうとする運命が、想像上の生き物としての圧倒的な存在感を放つ「龍」になぞらえて描かれています。運命とは人の目には見えなくて得体の知れないものです。彼らを待ち受ける過酷な運命こそが、読者を作品に引き込む引力となっています。

                   もう少し、詳しく内容を紹介していきましょう。主要登場人物は少なく、スポットが当てられるのは二組の兄弟です。

                   一方が添木田蓮と楓の兄妹。蓮は半年前に高校を卒業した19歳で、妹の楓は中学校3年生です。実の父親は二人が幼い時に家を出ていき、長く母との三人暮らしが続いていました。その母も一年ほど前に再婚し、睦男という男性が二人の新しい父親になります。ところが、母は再婚してから間もなく交通事故で亡くなり、二人はついこの間まで赤の他人だった睦男と三人で暮らしていくことになったのです。

                   しかし睦男は当初の印象とは違ってどうしようもない男で、酒に溺れ、二人に暴力を振るい、あげく働いていた会社も辞めて家に引きこもるようになります。蓮は高校を卒業して酒屋で働き始めていたので、彼の稼ぎと母の保険金でなんとか家族は食いつないでいる状態でした。

                   蓮と楓は、この新しい父親を疎ましく思っていました。蓮は睦男に居なくなってほしいと切実に願い、しかしその願望を胸の奥に沈めて、歯を食いしばりながら毎日を送っていました。

                   ところが、蓮の中に睦男への明確な殺意が芽生える出来事がありました。睦男は妹の楓に対する性的欲望を垣間見せていたのです。

                   それを知った蓮は睦男を殺すための計画を立て、ある台風の日、実行に移します。そして、蓮にとっては思いがけない形で睦男には死が訪れることになります。

                   そしてもう一方の兄弟。溝田辰也は中学2年生、弟の圭介は小学校5年生です。二人の実の両親は既にこの世から去っています。心臓の弱かった母親は二年前、家族で海に遊びに行った時に発作で亡くなったのです。圭介はある理由から、母を殺したのは自分自身だと思い詰めていました。

                   その後、彼らの父は以前まで職場の後輩だったという里江という女性と再婚します。亡くなった実の母親にとっても、父と里江の関係に複雑な感情があったのは推察できます。その里江は奇しくも、二人の実の母親が亡くなったあの日、海の家の従業員としてその場にいたのです。

                   そんな里江が母親になって、態度を急変させたのは兄の辰也でした。辰也は頑なに里江を母と認めないという態度をとるようになります。弟の圭介は、本意ではないながらも、辰也に同調する姿勢をとっていました。

                   ところが、今度は父親が膵臓がんで亡くなってしまいます。心を通わせるつもりのない兄弟と、里江との三人での暮らしが始まったのです。

                   境遇の似たこの二組の兄弟。運命は「龍」のようにうなり声を上げて、彼らを引き合わせ、嵐の中に巻き込みます。

                   道尾氏のミスリードを誘う文章構築はいつもながら見事。どの作品でも、どういう風にひっくり返してくれるのだろう、と期待して読むことができます。

                   そして今作は上でも書いたように感情描写に緊迫感があって良かったです。特に殺害計画を立てた蓮の心は、恐怖や後悔、一方で妹を守らなければという使命感など様々な感情が綯い交ぜになっていて、並の精神を持つ人間が一線を越えてしまった時の動揺が見事に表現されているように感じました。

                   最後に、二組の兄弟は事件を通して「家族とは?」という問いにそれぞれ答えを得ます。全体を通して暗いお話ですが、そこに救いがあるので読後感は悪くありません。全体的にもスッキリとまとまって、ミステリーとしても人間ドラマとしても読み応えのある一冊だったと思います。







                  川島の本棚 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

                  川島の本棚 第11回『消失グラデーション』

                  2012.03.04 Sunday 21:58
                  0
                      お久しぶりです。川島です。約1ヶ月ぶりの投稿です。

                     最近は色々立て込んでいまして、こちらのブログに手がつかない状態でした。小説の連載もしていないのにこちらのブログも途絶えれば、いよいよ失踪を疑った方もいらしたかもしれませんが、何の前触れもなくいなくなることはありませんのでご安心を。

                     ただ、そういう状況なので再三予告している次回作の執筆も止まっている状態です。申し訳ありませんが、こちらは本当に気長に待っていただくしかありません。

                     文章を書くということすら久しぶりというところなので、リハビリを兼ねて今回は川島の本棚の第11回をお送りします。

                     今回紹介するのは、長沢樹さんの『消失グラデーション』です。


























                        長沢樹 『消失グラデーション』 角川書店

                     このコーナーでは基本的に文庫本を中心に紹介しておりますが、今作はハードカバーになります。ご紹介するのに文庫化を待つ時間が惜しいという傑作です。まずは簡単にあらすじから。

                     とある高校の男子バスケ部員椎名康は、女子バスケ部員の少女が、校舎の屋上から転落した場面に出くわす。しかし、転落したはずの彼女の姿が突然目の前から消えた!? 自殺か? 他殺か? そして彼女はどこに消えたのか?

                     この長沢樹さんは、今作でデビューした新人作家さんです。調べてみたところ映像制作会社に勤務する40代の方で、これは少々意外でした。

                     というのも、内容はまごうことなき青春小説だからです。作風から20代ぐらいの新鋭作家が書いたものなのかなと思っていたので、今回調べてみて驚いています。

                     さて。これはミステリーというよりも人間ドラマとして読み応えのある小説です、と言えば著者に失礼かもしれませんが、僕としてはそちらを強く押したいと思います。

                     前回の記事で、ミステリーを目的とする小説か手段とする小説のどちらが好きか、というお話をしましたが、この小説は後者にあたると思います。ただし、ミステリーの部分の作りが疎かになっているわけではありません。作中で起こる事件についてはしっかりとしたロジックで推理が展開され、物語の中盤にかけて読者は主人公達と一緒に真相を探っていくことになります。

                     しかし、この小説の特徴的なところは、事件が起こる前から物語に引き込まれるところです。舞台はとある高校の男女バスケ部。特に女子バスケット部の内部の内紛が物語の軸になってきます。

                     都内屈指の強豪である女子バスケ部。その絶対的エースで、モデルとしても芸能界を賑わしていた網川緑は、しかしチームのことを考えないワンマンプレーに終始していた。それを快く思わないチームメイトからバッシングを受ける緑。そんな彼女を好いていた主人公の椎名康はある日、校舎のトイレでリストカットを試みていた彼女を見つける......

                     というところが、事件が起こる前の展開です。見ての通り、青春小説とはいっても非常に重たい内容です。しかし、このリストカットという行為は、それを試そうとも思ったことのない人間からは想像できないような意味を持っています。これも物語の重要な鍵になってきます。

                     まさに若者の葛藤というところで、彼女達女子バスケ部員の思いがぶつかり合うところなどはまさに"若さ"を感じました。青春小説の読み応えのあるところは、登場人物達が自分の気持ちを本気でぶつけ合う"幼さ"にあると僕は思っています。下手に大人になると、自分の気持ちをぐっと我慢する必要もあるでしょう。そういう制約のない若さに、だんだん羨ましさを感じるようになってきたんですよね。

                     というのは僕の個人的な感傷。話を戻すと、この小説の重要なウェイトを占めるのは、その女子バスケット部の内紛の真相です。後に起こる転落事故の真実にも密接に絡んできます。

                     また、椎名康という主人公もなかなか見所のある人物です。この小説は、康が放課後に校舎の誰も来ないようなところに女の子を連れて来ていやらしいことをする、という場面から始まります。そういう一面を隠そうとしていないところがあり、物語の主人公としては特異なキャラだと思います。濃くはないですが、こうしたエロティックな描写も見所の1つかと。

                     この小説の見所はそれだけに終わりません。終盤に待っている大どんでん返しに、誰もが面食らうことになるでしょう。ここは多くを説明しません。読んで体感してください。著者の物語構築の腕には、ただただ感嘆するしかありません。

                     あらゆる点において僕好み、というところでは川島の本棚で紹介した本の中では現時点でNo.1に輝く作品です。僕としては「こんな物語が読みたかった」という感想ですね。ぜひ皆さんにも体感してほしい作品です。読んで後悔はしない小説だと思います。


                     
                     

                     



                    川島の本棚 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

                    好きなミステリー小説は

                    2012.02.05 Sunday 22:19
                    0
                       今回の記事では読書にまつわることで僕が感じていることを、つらつら書いていこうかなと思います。「川島の本棚」とはまた違って、読書論のようなことを展開するつもりです。初めての試みですね。

                       ただ、読書論とは言え、そんなたいそうなことを書くつもりはないです。僕は読むより書く方が好きなので、よく読む人と比べれば読書量は多くありません。そんな僕が本の読み方を論じるのは大変僭越なことではありますが、物語を書いている立場から言えることもあるかと思いまして、今回はひとつ挑戦してみようと思います。

                       さて皆さん。ミステリー小説は好きですか。好きだという方は、どんなミステリー小説がお好きですか。

                       と、いきなり漠然とした質問をしてみました。こう訊かれると、答え方に迷いますよね。ミステリー小説という言葉がカバーする範囲は広いですから。

                       例えば、先日このブログでも紹介した高野和明氏の『ジェノサイド』。宝島社が毎年刊行している『このミステリーがすごい2012年版』で堂々の1位にランクインしています。しかし、あの小説はSFや戦争などの要素も含まれているので、総合格闘技のような特性を帯びています。あれを「ミステリー小説」と紹介する人はいないのではないでしょうか。

                       このように、作中に何らかの謎が出てきて、それが読者の好奇心を煽り物語を牽引している場合、それはミステリー小説と言えますよね。その意味では『電脳コイル』のオフィシャル小説や、僕の『電脳コイル 春』でもミステリーと言うことができます。ミステリーの要素を含まない大衆小説を探す方が難しいぐらいです。

                       そういった中で、どんなミステリーが好きか、などと訊くのは本気で「推理小説」を愛する人にしか通用しないのではないでしょうか。好きな方は、例えばクローズドサークルとか、倒叙とか、安楽椅子探偵と答えられるかもしれません。これらは僕がWikipediaで調べて知ったミステリーのジャンルで、本格推理小説に頓着のない人には聞き慣れない言葉だと思います。

                       あまりミステリーという枠にとらわれないで読書をしている方の中には、面白ければジャンルなんて何でもいいという方もいらっしゃるかもしれませんね。僕はどちらかと言うと、そういう人間です。

                       では、そういった方に再度質問です。面白ければ、あなたは犯人探しやトリックの見破りといった事件の真相解明だけに終始し、人間ドラマのないミステリーに満足できますか。

                       僕の答えはノーです。

                       なぜなら、僕は論理思考が苦手なので読みながら推理を楽しめないから。そして、人間ドラマにこそフィクションの醍醐味を感じるからです。

                       『このミス』によると、ミステリーというジャンルは長らく人間の心理描写の薄さを批判される歴史を辿って来たようですね。心理描写に特化した純文学とは対極に位置していると言えますし、優れた純文学に贈られる芥川賞はともかく、優れた大衆文学に贈られる直木賞の選考ですら上述のような本格推理小説は軽視されているという話です。

                       つまり、芥川賞・直木賞の選考基準を当てはめると、優れた小説とは人間がよく書けているもののことを言うのでしょう。僕の感性に近いとはいえ、この歴史と権威ある賞の選考にしては視野が狭いような印象があります。

                       一般的な感覚からすれば、優れたミステリー小説とは事件の真相解明と人間ドラマの両方に読み応えのある小説であることは間違いないでしょう。そのバランスこそが大切なのですね、と結論づけては面白くないのでもう少し踏み込んだ話をします。

                       真相解明と人間ドラマ。ミステリーを書く作家さんによってどちらに比重を置くかはそれぞれ違うはずですし、作品によっても変わってくるはずです。そんな中、以前ここでご紹介したこともある道尾秀介氏は、人間を書くのにミステリーが最も適した形であるから自分はミステリーを書くのだ、と公言されています。

                       ということは、氏はミステリーを人間ドラマを書くための手段にしているわけです。これは事件の真相解明そのものをフォーカスする本格推理小説を書く作家さんとは、同じミステリーというジャンルの中でもまったく創作態度が違います。

                       だから、と言っては道尾氏に大変失礼ですが、氏が直木賞を受賞しているのも納得できます。僕が氏の小説が好きなのも同じ理由からです。

                       この手法で書かれる小説は、作中で起こる事件のトリックの組み方ではなく、文章そのものの組み方に大変気が配られている気がします。どのように事件を登場人物の心情に合わせて描写するかが鍵になってきますからね。道尾氏が大胆な叙述トリック(作者が読者に対して仕掛ける文章トリック)を得意としているのは、物語を建築する腕が抜きん出ているからでしょう。

                       反面、この手法で書かれた小説の中で起こる事件には、ご都合主義的な真相もまま見受けられます。こうした小説では人間の描写を第一としており、事件そのものは人間ドラマを引き立たせる演出材料という位置づけになるので仕方のないところでもあります。

                       ですので、本格推理小説を愛する人にこの手の小説はウケが悪いようです。これは本格推理小説が直木賞の選考委員にウケが悪いのと逆の理由からですね。

                       先ほど挙げた『このミス』は、どちらかと言うと本格推理小説に点が入りやすいようです。2012年版第2位にランクインしている米澤穂信氏の『折れた竜骨』(氏の小説も好きなのに、まだ手をつけていなかったのは不覚でした)は一風変わったファンタジー世界における本格推理モノ。道尾氏と米澤氏はミステリー界の次代の旗手ともいえる存在ですが、そのスタイルは対極にあると言えそうです。

                       ちなみに「川島の本棚」第1回で取り上げた米澤氏の『ボトルネック』は、氏の小説にしては珍しくミステリーの方が手段になっている気がします。だからこそ僕がハマったのでしょうね。逆にミステリーを目的とする『インシテミル』は、少々僕の趣味からはずれていました。

                       それでは一番はじめの質問に戻りましょう。僕があの質問で訊きたかったのは、皆さんはミステリーを目的とする小説か、ミステリーを手段とする小説のどちらが好きですか、ということでした。

                       そして僕の答えはミステリーを手段とする小説です。事件の解決に少々腑に落ちないところや、ご都合主義的なところがあっても、人間ドラマとして楽しめた小説であれば僕は満足できます。道尾氏の小説のような大胆な仕掛けなどもあるとなお良いです。それはすなわち、自分が書きたいと思う小説の形でもあります。

                       もちろん、これは好みの問題になってきます。僕は本格推理小説を批判するつもりはありませんし、その手の小説も楽しめるようになりたいと思っています。

                       今回僕が言いたいのは、楽しみ方をある程度どちらかで割り切った方が良いのではないかということです。真相解明と人間ドラマの両方で満足できる小説は傑作で間違いありませんが、そのような傑作にはそうそう出会えません。だから自分の好みがどちらであるかを知り、その傾向に合わせた作家さんを探し出すことで、読書がさらに楽しめるようになると思うのです。言っていることは当たり前のことですけどね。

                       その判断基準の1つとして、ミステリーを手段とする小説か、目的とする小説か、という観点を提案したいのです。おそらくそれは作家さんによってどちらかの傾向に別れるものだと思います。自分の好みの作家さんを探す時にそこを意識してみてはいかがでしょうか。

                       次回はこのミステリー小説の分類を踏まえて、「川島の本棚」で僕好みの青春ミステリーをご紹介したいと思います。

                       

                       












                      川島の本棚 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

                      川島の本棚 第10回 『ビブリア古書堂の事件手帖』

                      2012.01.22 Sunday 20:37
                      0
                          今年の大河である『平清盛』は、低調な視聴率と相反して個人的にはすごく好印象な出だしです。言葉遣い等でネットでは議論が起こっていたり、兵庫県知事が「画面が汚いぞ」と批判したりと、ドラマに関係のないところで話題が振りまかれている気はしますが、それは僕みたいな人間からするとピントがずれているように思えるんですよね。

                         大河は人間ドラマです。フィクションを生み出す人の立場からすると、史実も虚構として語り継がれているものも、そのドラマを引き立たせる演出材料になるものです。もちろん史実をなぞるのが鉄則ですが、時代考証に難癖をつけるのはドラマの楽しみ方として違う気がします。

                         そして、大河では仕方のないことですが、制作する側の言語自主規制が物語を味気なくさせているというのも実感します。まさに『図書館戦争』でも扱われていたテーマです。

                         依って立つ思想もなく、フィクションはフィクションだと割り切れる僕としては、こうした風潮に辟易することはままあります。だからこそ、清盛は白河法皇の落胤という一説を設定にぶち込んできた今回の大河には非常に期待感が高まっています。この設定こそが、物語に明快さと面白味をもたらしてくれて、僕のような視聴者を惹き付けているのではないでしょうか。

                         僕は清盛の生きた時代の歴史には疎いですが、これは単純に人間ドラマとして心底楽しめそうな気がしています。

                         あまりこれまで大河に関しては語ったことはないですが、『龍馬伝』以降は僕も割と見るようになりました。去年の『江』もなんだかんだで見てましたし。おそらく、去年のあの少女漫画風戦国時代大河があったからこそ、シビアな雰囲気を醸す今年の『平清盛』への期待値も高まっているんでしょうね。もちろん、これは好みの問題です。

                         では、本題に入ります。前回の記事でも書いた通り、しばらくは新作の創作日記をとりやめて「川島の本棚」を中心にまわしていこうと考えています。

                         それも今回で10回目。今日ご紹介するのは、今巷でブームを起こしている『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズです。














                         









                         三上延 『ビブリア古書堂の事件手帖』 メディアワークス文庫


                         こちらの本は、はじめ緩やかに話題になっていたのが「王様のブランチ」で紹介されて、一気に人気が爆発したようです。現在2巻まで発売されています。では内容を簡単にご紹介します。

                         鎌倉の片隅でひっそりと営業している古本屋「ビブリア古書堂」。そこの店主は古本屋のイメージに合わない若くきれいな女性だ。残念なのは、初対面の人とは口もきけない人見知り。接客業を営む者として心配になる女性だった。
                         だが、古書の知識は並大抵ではない。人に対してと真逆に、本には人一倍の情熱を燃やす彼女のもとには、いわくつきの古書が持ち込まれることも。彼女は古書にまつわる謎と秘密を、まるで見てきたかのように解き明かしていく。
                         これは”古書と秘密"の物語。

                         と、本の裏表紙のあらすじを写してみました。読んでいただくとわかると思いますが、これは古本屋さんに持ち込まれた本に秘められた謎や過去を、きれいでありながら人見知りをしてしまう女性が解き明かすというミステリーです。「日常の謎」や人の死なないミステリーとも呼ばれるジャンルのものですね。僕は米澤穂信氏の<古典部シリーズ>などにハマったクチですから、こういうのは結構好きです。

                         大筋のストーリーはあるのですが、そちらはゆっくり進んでいくようで、基本的にはオムニバス形式で単発のエピソードがいくつか入っているという形になります。これを僕は『名探偵コナン』スタイルと呼んでいます。

                         この物語の魅力は、本に関するうんちくが余すことなく盛り込まれていることでしょう。本に詳しくない人でも思わず「へえ」と言ってしまうような話がいくつも出てきます。古本屋に通うような人には、その点はもっと楽しめるのではないでしょうか。

                         また、それぞれのエピソードも、謎解きの部分で腑に落ちない点も残らず、ミステリーとしてもスッキリまとまっている気がします。どのエピソードにしても、本にまつわる人間ドラマを解き明かしていく形で、心温まるような話も多いのがいいですね。

                         そして何より、この探偵役の篠川栞子さんが素敵なんです。物語の主人公は、就職に失敗してひょんなことから「ビブリア古書堂」で働くことになった男子で、彼の一人称視点で話は進みます。その彼の目を通して描かれる栞子さんが、いわゆる萌えキャラとしていい味を出しているんです。

                         この「川島の本棚」も長いことやってますが、初めて萌えキャラという要素に触れることとなりました。僕はラノベを読まないので(このシリーズはラノベになるのか?)、あまり「萌え」について意識したことがなかったんですが、この栞子さんで「これが萌えか!」と理解したぐらいです。

                         萌えのツボは人それぞれだと思いますが、栞子さんの場合は容姿と性格のギャップにまず惹かれます。きれいなのに人見知りっていうところ。そして今度は性格と本質のギャップにやられます。普段は人の目を見て話すこともできないのに、本のこととなると目をキラキラさせて語り出すところ。

                         女性にはなかなか理解できないかもしれませんが、男性なら共感してくださる人も多いはず。シリーズ2冊でミリオンセラーを記録しているのは、きっとこうした理由もあるからだと思います。これからどんどんシリーズが刊行されるのが楽しみです。

                         小難しい本や小説を読んだ後のアクセントにはぴったりのこの物語。皆さんも是非手に取って、休日の午後に優雅に紅茶をすすりながら、本のミステリーを楽しんでみてください。

                         






                        川島の本棚 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |