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2015.02.13 Friday
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    『大黒市黒客クラブ戦記』 epilogue

    2010.07.09 Friday 22:26
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      『大黒市黒客クラブ戦記』 epilogue
       
       2026年 10月下旬

       天沢勇子の加入により、彼女の運命に巻き込まれるという波乱の夏を乗り越えた『黒客』。その天沢勇子、イサコは一連の事件が解決した後、金沢に戻ってしまった。そうしてダイチは再び『黒客』のリーダーに返り咲くこととなった。しかし、好きなだけ『黒客』を引っ掻き回してくれたイサコだったが、いざいなくなってみるとメンバー達はなんだか寂しいような気持ちに苛まれていた。彼女に追放されたダイチでさえ、そう感じていた。もう1度、イサコに勝負を挑んでみたいという気持ちもそこにはあった。
       しかし一連の事件の収束後、大黒市からメタバグは消えてしまった。もう戦争だの鉱脈だのと言って走り回ることもなくなった『黒客』は、事実上の活動停止状態になっていた。そんな腑抜けたダイチ達に声をかけたのはハラケンだ。
      「よかったら、もう1度電脳生物部の活動に参加しないか?」
      ダイチは喜んでその誘いを受けた。かつては自分たちが好き放題してメチャクチャにしてしまった生物部だったが、ハラケンはそんなことを気にもとめずに笑顔で誘ってくれた。一連の事件を乗り越えてどこか吹っ切れたハラケンに力を貸してやろうというところで、『黒客』は再び電脳生物部の正規部員として舞い戻ったのだ。折しも、もうすぐ文化祭が迫っていて、そこでは電脳生物部の研究発表が行われることになっている。『黒客』は電脳生物部の部員、ハラケン、フミエ、ヤサコ、アイコらと力を合わせて、この最後の仕事を全うしようと心を決めた。

       と、言いつつ、普段から研究や勉強などとは無縁の生活を送っていたダイチ達は、どうにもこういう活動には慣れていなかった。この日も放課後に駅ビル新校舎の第一理科室で資料のまとめ作業を任されていたのだが、いつもの癖でうだうだとだべり合っていた。メンバーはいつもの通り、ダイチ、ガチャギリ、ナメッチ、デンパ、そしてアキラだ。
      「いや〜懐かしいな。こんなこともあったあった」
      その時ダイチが、自分のウインドウで開いていたテキストを読みながらしみじみと言った。
      「なに読んでんだ?」
      ガチャギリがダイチに訊ねる。
      「『黒客』の活動記録だよ。ちょっとメガネのデータ整理してたら出て来たんだ」
      ダイチが読んでいたのは、『黒客』の活動の軌跡が書かれていたテキストだった。それは活動中、財産管理に几帳面なガチャギリが、いつどこの戦いでいくら稼いだかなどを詳細に記録していたものだ。ダイチはそれを古い自分の作文を思わずめくってしまうかのように読みふけっていた。
      「ああ、それか。イサコに乗っ取られてからつけなくなったな。って言うか、イサコとの戦いでいくら損したか考えるのがイヤでつけるのをやめたと言った方が正しいか」
      ガチャギリが苦笑いを浮かべながら言う。今考えてみれば、あの時のダイチのくだらない提案がすべてを変えてしまったなと、メンバーは思いふけった。その時理科室の扉が開いた。
      「あ〜。『大黒黒客』またさぼってる〜」
      中に入って来たヤサコが、「いけないんだ〜」とでも言うようにダイチを指さした。
      「なんだヤサコか。休憩だよ休憩。もうすぐ再開しようと思ってたところだ」
      「休憩って、まだクラブ活動の時間が始まって15分しか経ってないんですけど。ところでそれなに?」
      ヤサコもダイチが読んでいたテキストが気になって訊ねてみた。
      「これ?これは、さしずめ『大黒市黒客クラブ戦記』だな。イサコに乗っ取られる前の『黒客』の活動が事細かく記録されている」
      「へ〜、おもしろそう。見せて見せて」
      「いいぞ。ほれ」
      ヤサコがねだるのでダイチはウインドウをヤサコに手渡した。
      「すごーい。ダイチ君達って、こんなに色んなところに戦闘に出てたんだ。私てっきり天沢さんにコテンパンにされたものだから、『黒客』って大したことないんじゃないかって思ってたわ」
      「おいおい。イサコは、バケモノ。人じゃないからな。イマーゴに加えて暗号まで使って来られたら、そりゃ勝ってこねえよ。でもまあ、イサコ以外に敵がいなかったのは本当だぜ。フミエだって1回フルボッコにしたことがあるからな」
      ダイチが少し得意になってヤサコに言った。
      「えっ?フミエちゃんと戦って勝ったことがあるの?そんな話、私聞いたことないけど」
      ヤサコが驚いて聞き返す。
      「まあ、フミエらしいな。自分がオレたちに負けたことなんて、わざわざヤサコに言わないだろう」
      ガチャギリがダイチに言った。その時タイミング良く、フミエとアイコも理科室にやって来た。2人は今日は掃除当番で来るのが遅れたのだ。
      「やっぱり。なにもやってないじゃない!わかってる?あと文化祭まで10日切ってるのよ!早く資料まとめてくれないとパワーポイントに落とせないじゃない。それになにヤサコもコイツらと一緒になってサボってるのよ......」
      フミエが呆れたようにその場にヤサコやダイチ達を見た。しかしそのヤサコやダイチ達の目がにやけているのに気がついた。
      「な、なによ?」
      「フミエちゃん。フミエちゃんってダイチ君達に1回負けたことがあるの?」
      「はあっ?な、何の話?」
      ヤサコの問いに少しとぼけるようにフミエが返した。
      「またまた〜。ダイチ君達から聞いたよ。コテンパンにされたんだってね。その話、フミエちゃんの口から聞いたことがなかったんだけど。なんで今まで話してくれなかったの?」
      ヤサコがいじわるな顔になってフミエに迫った。フミエは困り果ててこう切り返した。
      「き、聞かれなかったからよ!」
      「どういう理屈だよ」
      ガチャギリが息をつきながらツッコんだ。その場の全員から笑みがこぼれる。ひときわ大きな笑い声を上げたアキラをフミエはどつきあげた。
      「なんでそんな話になってるのよ。忘れましょうよ、その話は。あっ、ヤサコの持ってるウインドウ。それを見たのね」
      それに気付くとフミエはヤサコからウインドウをかっさらって中身を読み始めた。
      「あっ、おい!プライバシーの侵害だぞ!」
      ダイチがウインドウを取り返そうとフミエに迫る。しかしフミエはダイチを可憐な動きでかわしながら目を通し、あることに気がついた。
      「アンタ!『黒客』が大軍に攻められてアンタのメガネも壊された時に、私が助太刀して『黒客』を助けてあげたこと、ここにはひとっことも書いてないじゃない!」
      「えっ?」
      フミエの言葉に驚いたのはヤサコだった。フミエが『黒客』を救ったなんて今では考えられないことだ。
      「そ、そんなこともあったか?ただの書き漏れじゃなねえか。いちいちそんなこと気にすんなよ」
      ダイチもとぼけるようにケロっとして返す。しかしフミエは許さなかった。
      「アンタ、自分たちに都合のいい歴史だけ残してそれを見せびらかすなんて、どんだけ小さい男なの?背も小さければ心も小さいってか!えっ!誰のおかげで今のアンタ達があると思ってんだ!」
      フミエはそう言いながらダイチのほっぺたを両手で引っ張り始めた。
      「はめろ!ほまへにはふへをもほめはほもえはなひ!」
      ほっぺたを引っ張られたダイチは何を言っているのかわからなかった。
      「今日もこの2人の部活が始まったわね」
      アイコが呆れながらどことなく嬉しそうに言う。
      「それにしても、なんであのフミエちゃんが『黒客』を助けるようなことをしたの?」
      フミエとダイチがつかみ合いをしている間、ヤサコがガチャギリにそのことを訊ねた。
      「なんか、オレたちと勝負をしたかったらしいぜ。その戦いでオレたちが負けたら、オレたちが解散するとフミエは思い込んだらしい。その時はフミエとナメが組んで敵の大軍を撃退したんだ」
      「そうなんだ。意外な組み合わせだね」
      ヤサコがナメッチを見る。
      「あん時は必死だったッスからね〜。オレッチもなりふり構っていられなかったっていうか、フミエのおかげでまあ助かったのは助かったんだけど。でも結局最後のおいしいところはダイチが持って行ったけどね」
      懐かしそうにナメッチが話した。その間にフミエとダイチの部活は終わったようだった。
      「まったく、こんなことをしに来たんじゃなかったわ。さっさと資料のまとめやりなさいよね。少なくとも今日中に終わらせて。時間がないってハラケンも困ってたわよ」
      フミエがまじめにクラブ活動の話に戻した。副部長として締めるところは締めるという責任もある。
      「わかったわかった。こんなのオレたちが本気出したら1時間で終わるって。てかさ、これイリーガルの研究だろ。これを文化祭で発表するって、メガマス的にはOKなの?イリーガルの存在はまだメガマスも公式には認めてないんじゃないのか?」
      「今さら?前に言ったじゃない。この研究発表についてはヤサコのおじさんが公認してくれたって。余計な心配してないでさっさと作業を始めなさい。これは副部長命令よ」
      「なんだよ。その副部長の肩書きもオレたちが1回辞めたおかげで手に入れたくせに」
      厳しいフミエにダイチがぶつぶつと文句をたらす。
      「アホか。アンタ達がやめる前から私は副部長だったわよ」
      「そのくせに新部長選挙でハラケンに負けたのか」
      チクリとダイチが言い放つ。その言葉にまたフミエのスイッチが入った。
      「お前それもっぺん言ったら泣かす!絶対泣かす!」
      「ちょっとフミエちゃん落ち着いて」
      キリがないのでヤサコがフミエを制止する。その時、部長のハラケンが顧問のマイコ先生と一緒に理科室までやって来て扉を開けた。
      「ああ、ちょうど良かった。みんな揃ってるね。少し騒がしかったけど、何かあった?」
      ハラケンが中にいた部員達を見て訊ねる。
      「部長!副部長が僕らをこき使おうとするんです。自分の仕事を僕らに押し付けたりして、副部長の横暴には僕らいつも困ってます。何とか言ってください」
      ダイチがへりくだってハラケンに言った。
      「え?まったくしょうがないなフミエは。ダメじゃないか。いくら立場が上になったからって、ダイチ達をこき使わないように」
      「はあっ!?なんで私がそんな言いがかりつけられなきゃいけないの!?サボってるのはあのチビだから!考えたらわかるでしょ!この青二才!」
      何を勘違いしてかフミエの方をたしなめたハラケンにフミエはプッツンした。それを見ていたマイコ先生が落ち着かせる。
      「はいはい橋本さん。文句があるなら後で聞いてあげるから。それより部長の原川君から話があるそうよ」
      「話?」
      それを聞いて部員達はハラケンのまわりに集まった。
      「うん。実は、研究発表の構成を練り直そうと思ってね。いくつか案を作って来たんだ」
      「ちょっと待って。本番まで10日もないのに、全部作り直すの?アンタどれだけ生真面目なのよ。今のままで十分じゃない」
      時間がないところに持って来て仕事を増やそうとするハラケンにフミエが異議を唱える。ハラケンはやると決めたら妥協はしない男だ。
      「まあまあ、そう言わないで。原川君も、より良い発表のためにベストを尽くそうとしているだけよ。これが生物部としての最後の仕事なんだし、ラスト10日、踏ん張ってみたら?」
      マイコ先生がフミエを諭す。それで間に合うのかとみんな黙って考え込むが、沈黙を破ったのはダイチだった。
      「しゃーねえ。やるしかねえっしょ。生物部としての最後の仕事、やりきってやろうぜ」
      ダイチの言葉にハラケンはホッとして微笑んだ。
      「返事だけはいいのねアンタ。でもまあ、できないことはないか。いいわよ。やってやろうじゃないの」
      フミエもダイチばかりにいいかっこさせられないと話に乗った。その後、ヤサコやアイコ、『黒客』部員達もハラケンの提案に賛同し、さらに気合いを入れた。
      「ありがとう。で、多分今のままじゃ厳しいと思うから、今度の土曜日にプチ合宿を張ってそこで追い込もうと思うんだ。先生からも許可が出たから」
      「鬼かアンタは!」
      フミエとダイチの声がきれいに揃う。恐ろしい提案だったが、しかしみんなそれも悪くないとも思った。夏の合宿は対立していたおかげで生物部らしいことをしていない。そういう意味ではプチ合宿ではなくて、ガチ合宿になるんじゃないかと全員が思った。

       それでも、ここに来て無理難題に挑んだおかげで生物部の結束は固まった。ガチ合宿では朝早くから来て夜遅くまで作業をしたが、合間にはマイコ先生の手作りカレーや、教頭先生の差し入れのお菓子などが振る舞われ、なんだかんだで楽しいものとなった。

       そうして迎えた文化祭の当日。部員達の高いメガネスキルに裏付けられた研究発表は、各所から高評価を受け、文化部の研究発表部門では最優秀賞を授与されることとなる。

       こうして電脳生物部の6年生達は、部としての最後の仕事を全うした。同時にこれは、『黒客』が小学校時代の最後に残した成果となった。

       『大黒市黒客クラブ戦記』 epilogue(完)


       と、いうことで、どうも川島です。『黒客戦記』は先週はで完結したはずだったんですけど、未練がましくもう1本執筆してしまいました。今日から通常回に戻すと予告していたんですけど、何書こうかなと悩んでいたんですよね。色々考えたんですが、「そう言えば、電脳生物部ってあの後どうなったんだろう?」っていう疑問が降りてきましてですね、生物部が最後に丸く収まる話を書こうかなと思い、昨日の夜、2時間で書き上げました。

       先週のあとがきや、下のコメント欄のところでも書いたことなんですけど、『黒客戦記』のダイチのキャラや、フミエとの絡みの温度って割とクールなんですよね。これのルーツってどの場面から来ているのかなと自分でも思っていたんですが、最近それに思い当たるシーンを思い出しました。

       オフィシャル小説の第3巻、廃工場の話なんですが、ダイチとフミエが雨宿りに倉庫で2人っきりになり、その会話をハラケンが聞くというシーンがあります。あの時のこの2人の会話の温度っていうのが、実に僕の中では印象に残ったんですよね。張り合ったりするのは変わりないのに、それは静かで穏やかで、これが本来の2人に近いんだなとハラケンも言っています。

       おそらくダイチはみんな見ている前だからこそ、そうやって大げさにフミエにも絡んでいくんですよね。それはある種の照れ隠しでもあると思います。でも本来は、こういうクールさを孕んでいる男なんだと思いますね。『黒客戦記』の場合、常に一緒にいるのが互いのことなど勝って知ったる『黒客』メンバーなわけで、ダイチも無意識に地を出しているような気がするんですよ。それが『黒客戦記』のダイチ像につながったのかなと思います。

       さて、このスピンオフ小説シリーズなんですが、最初に色々タイトルをあげたんですけど、この調子で行くとすべてのタイトルをこなすのはムリ、というのは身にしみてわかりました。そのうちのフミエちゃんを主役とした『電脳探偵007』と、『電脳生物部の凋落』の2つは話が『黒客戦記』と被ってしまいそうなので、おそらくやることはないと思うんですよ。『黒客戦記』でもフミエは思いのほか存在感を示しましたからね。

       それで次のタイトルは何にしようかと思っていたんですが、ちょっと今やろうかなと思っているテーマがあるんですよね。今日はそれを紹介します。スピンオフ小説というわけではないんですが。

       タイトルは仮題ですが、『電脳コイル 春 第2部 -大黒市編-』としておきます。タイトルで察しはつきますかね。『春』のサイドストーリーのようなものです。

       現在第2部の金沢市編が淡々と進行していますよね。ずーっと金沢市メインで時計の針は動いており、第2部の終了後はもちろんその時間軸を引き継いで第3部の話に突入するわけです。となると、大黒市におけるヤサコ達の中学校生活の大切な入学からはじめの1ヶ月ほどをすっ飛ばすことになるんですよね。

       ぶっちゃけますと、第3部で再び舞台は大黒市に戻ってきます。しかし、その時はヤサコ達もある程度中学校生活に馴染んできており、どういう生活をしてきたのかは描ききれないところで、読者が置いてけぼりになってしまうんですよね。とりあえずの説明はするつもりなんですが、第3部はもう走り始めると止まらないぐらいのテンポがほしいなと思っているところなので、それも簡単に済ませるつもりでした。しかし、どうしてもその1ヶ月の空白は気になりますよね。僕自身もイメージを立てる必要があるので、せっかくなのでこのブログでその様子を描写していこうかなと、そう思っている次第です。都合のいいことに、金沢で事件が起きている時には大黒で事件は起きないことになっているので、ほのぼのとした学園生活を描き出せるかなと。

       いつ書き出せるかはわからないんですが、少なくとも第3部に入る前までには書き上げたいところですよね。おそらく連載は来月に入ってからになると思います。『黒客戦記』のように長くなることはないと思うので安心してください。4〜5エピソードくらいに収まればと思います。

       そこでちょっと皆様にお聞きしたいことがあって、ヤサコ達コイルメンバーの中学校でのクラス分け、そしてヤサコ達がどのクラブ活動に入るのか、それがまだ決まってないんですよね。この設定は物語の本筋にも絡ませようとも考えていないので、自由に決めようと思っています。そこで皆様の希望というか、「自分の中ではヤサコはこのクラブに入ってると思う」とか、「こんなクラス分けにしてほしい」というのがあれば、下コメに書いてください。クラスは1学年4クラスくらいで考えています。ちなみに、中学校に電脳生物部はないという設定を確か第2話くらいで書いていたような気がするので、生物部はなしということで。もちろんヤサコ以外のメンバーの部活も希望を聞かせてください。これについては今日から1ヶ月ほど募集しようと思います。皆様のご意見お待ちしております。もちろんこの設定は、『春』本編にも第3部より反映されます。

       それでは本日はこの辺りで。次回は「川島の本棚 第2回」を予定しています。
       
       







       

       
      『大黒市黒客クラブ戦記』 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |

      『大黒市黒客クラブ戦記』 the last episode

      2010.07.02 Friday 22:50
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         いよいよ本日で『黒客戦記』が完結します。今回長いんですけど、最終回スペシャルということで一気に行きたいと思います。あとがきもありますので、どうか最後までお付き合いください。それではどうぞ。


         the last episode 「運命を変える者」

        『黒客』が大黒市の頂点にのぼりつめてからというもの、ダイチ達が電脳戦争に出向くことはなくなった。というのもフミエとの戦いはサッチーに攻撃されメガネが破壊されるという結末となり、その損害の補填に奔走していたのだ。戦争自体が少なくなった昨今、戦争で稼ぐのは難しくなった。
         そうは言ってもたまにダイチ達は新技の研究をしたり、最近はフミエの活動の1つである電脳ペットの捜索の手柄を横取りしてメタバグをちびちびと集めていた。第三小校区内ではほとんどもうメタバグも見つからないのだ。
         そうしていつの間にか7月になった。そこでかなりマンネリ化してきた『黒客』の活動を改革しようとしたダイチは、いいことを思いついたと言って放課後校区内のガラクタ屋にメンバーを集めた。
        「なあ、ナメッチ。オレたち『黒客』に足りないものはなんだと思う?」
        「え?そうッスねえ……優しさとか」
        ナメッチの素っ頓狂な答えにダイチはうなだれた。
        「それはお前なりのボケか?寒すぎる。まあこの季節にはちょうどいいが」
        「なんか変わってねえなあ。このナンセンスさは結成の時から変わってないぜ」
        ガチャギリもこれには苦笑するしかなかった。
        「じゃあ何なんスか?今の『黒客』に足りないものって?」
        「わかんねえかな?華だよ、華」
        ダイチが頭を掻きながら言う。ガチャギリはこれにも吹き出した。
        「いきなり何だよ?らしくもないこと考えるんだな。オレたちには華がないってか?」
        「オレたちって言うか、お前ら。正直オレ以外にビジュアルの冴えるヤツがいない。はっきり言えばもっさりしてる。夏を迎えるにあたって、これじゃどうにもやる気が出ない」
        「悪かったな。それにめでたいヤツだなお前は。そんなに自分のことをイケてると思ってんのか?正直案外だぞ」
        「うるせえな。お前もそう感じてるんならちょうどいいだろ。ここいらで初めての女子構成員を加えるっていうのはどうだ?」
        ダイチの提案に、ガチャギリは暑さでついに頭がイカれちまったかと思った。
        「誰をメンバーに加えるんだよ?オレたちは学校の中ではだいぶ白い目で見られてるんだぞ。今更『黒客』に入らねえか?なんて誘っても、どん引きされるだけだろ」
        「いや。いいニュースがある。オレたちのクラスに、今度2人も転校生が入って来るらしい。しかも2人とも女だ」
        「ああ。マイコ先生が言ってたッスね」
        ダイチと同じ63組のナメッチがうなずく。
        「そいつらを『黒客』に誘うってか?第一メガネに興味関心があるのかもわからねえし、そいつを入れてどうするんだ?『黒客』夏合宿と称して、海にでも連れ出すのか?」
        「いいなそれ!じゃないじゃない。別にそんなことは考えてないが、オレが言いたいのは変化が欲しいってことだよ。オレたち『黒客』には男女格差がないっていうPRにもなる」
        ダイチはそれをやるならフミエと行きたいと思った。小学校生活の中でずっと思い続けた人だ。浮気などできない。
        PRねえ。ま、お前がやりたいんなら止めねえけど。じゃあ、頑張ってその転校生を口説き落としてくれや。『黒客』1番のイケメンさん」
        「任せとけって」
        そうしてダイチは転校生がやって来る日を待った。
         
         ところがその翌日、ダイチは最近の日課であるフミエの電脳ペット捜索の横入りを画策していたのだが、とある見知らぬ少女のおかげで獲物をフミエに横取り(?)されるという事件が起こった。どこの誰だか知らないが、次会った時には損した分を弁償してもらわないといけないなと思いながらその次の日学校に登校すると、その少女が63組の教室にいた。
         その転校生の少女の名前は小此木優子。柔らかい雰囲気の持ち主だが、見た感じでは正直メガネの腕の方は微妙そうだった。何より気に食わなかったのが、昨日の一件で仲良くなったのか、すでにフミエサイドに取り込まれていることだった。これは近いうちに一回いてこましてやらないといけないなとダイチは思った。
         まだ転校生はもう1人いるし、ダイチは彼女を諦めることにした。そのもう1人の転校生はこの日ドタキャンしたらしい。随分神経の図太い転校生だなと思い、それも逆に期待に変わってダイチは楽しみに明日を待った。
         
         そして次の日、『黒客』の運命を変えるもう1人の転校生がやって来た。名前は天沢勇子。第一印象は悪くないとダイチは思った。見た目は大人しそうだが、その瞳の中はどこか攻撃的な色彩を帯びている。長らく戦いの日々に明け暮れたダイチには直感的にわかった。こいつは出来ると。それにビジュアルも平均以上だ。これはガチャギリが好きそうな系統だなと勝手に想像し、ダイチは1時間目の授業が終わると早速声をかけることにした。
         しかしフミエサイドの動きも速かった。ダイチよりも先に天沢勇子に声をかけている。しかも話の内容を盗み聞きしていると、フミエ達は昨日すでに彼女を会ったかのような口ぶりだった。これはまた小此木パターンで取り込まれるんじゃないかと心配したが、フミエ達の交渉は不発に終わったようだった。これで安心してこっちの勧誘が出来ると、ダイチは得意の横入りで輪の中に割って入った。
        「おいブスエ。お前また勧誘してんのか?探偵ごっこクラブに?」
        「うっさいわね」
        フミエは辟易したように返す。フミエもダイチ達との戦いの後、資金稼ぎのためにコイル探偵局の活動に専念していた。
        「お前のへぼクラブになんか、誰も入んねえよ。それより、オレのクラブに入れよ。すんげークールなクラブなんだぜ」
        ダイチの可憐な勧誘に、天沢勇子はそっぽを向いた。
        「な、なんだシカトか?このオレ様をシカトするのか?」
        「そんな男ばかりのダメクラブ。ダメに決まってるじゃない。チビスケ」
        フミエはなかなか痛いところを突いてくる。その男ばかりに飽きたからこうして勧誘しているのに。
        「んだとーチビスケ!ミチコさん呼ぶぞ!」
        ダイチは呼び出し方など知らないが、相手を凹ますには十分な言葉だった。
        「私だってミチコさん呼ぶわよ!」
        「うるさい!!」
        張り合いに応じたフミエの言葉の直後、天沢勇子がいきなり怒鳴った。教室は一瞬にして静まり返る。
        「どっちのチビスケも、もう話しかけるな」
        さしものダイチとフミエも、転校生のこの言葉には何も言い返せなかった。
         
        「オヤビ〜ん。やっぱりやっちゃうんですか?転校生」
        2時間目の授業中、ダイチの後ろの席のナメッチが問いかけてきた。
        「当たり前だ」
        ダイチも腕を組みながら毅然と返す。
        「でもオヤビン。うぶな転校生をだまくらかして、我がクラブ初の女子構成員に仕立てるぞって意気込んでたじゃないッスか」
        「オレを無視しやがった。あんなヤツはクラブに入れてやらん」
        長らくこの学校でふんぞり返っていたダイチにとって、天沢勇子の行為は屈辱だった。この学校でダイチに歯向かえばどうなるのか、今から教えてやろうとしていた。
        「じゃあ、あっちの転校生はどうなんスか?」
        ナメッチがフミエの席の前の小此木優子を見ながら訊ねる。
        「アイツはすでにブスエの仲間だ。我々の敵だ。最初にガッツーンとやっとかなければならん」
        そう言ってダイチはキーボードを出す。まずは小此木優子の腕を見極めようというところだった。
        「あ……な、なにこれ!?」
        小此木優子は目の前に表示された手紙に気付いた。次の瞬間におびただしい数のバナーが開かれ始める。ダイチ得意のバナー攻めだ。授業中のいたずらとしてはうってつけの技である。案の定小此木優子はテンパっている。やはりメガネのスキルには乏しいようだった。
        「うわっ、消えない!」
        「このいたずらは!」
        フミエはすぐに異変に気付いてダイチを見る。ダイチとナメッチはどや顔で笑い返してやった。
        「ヤサコ、管理共有って言って」
        「か、管理共有!」
        小此木優子がわけがわかっていなさそうな顔でそう言うと、フミエはすぐに自分のキーボードを操作してたちどころにすべてのバナーを消し去り、手紙もメガビーで消滅させた。
        「ふーん」
        フミエもどや顔でダイチ達に不敵に微笑んだ。フミエがついているんじゃ小此木優子をいてこますことは難しいとダイチは思い、下唇を噛んだ。
        「じゃ、この問題。天沢さん。やってもらえる?」
        するとこのタイミングで天沢勇子が先生に問題を当てられた。ダイチは水を得た魚のように嬉しそうな表情に変わる。絶好機だ。天沢勇子はテンパる姿をみんなの前で晒し、大恥かいてさっきの行為を後悔するはずだった。その姿を想像しながらダイチはキーボードを打ち込み始める。
        「ん?」
        黒板の算数の問題を解いている天沢勇子の目の前に、小此木優子の時と同じ手紙が現れた。そして無数のバナーが開かれ、瞬く間に黒板を覆い尽くした。天沢勇子は意に介していないようだが、果たしてそのまま平静を装っていられるかなとダイチはほくそ笑む。
        「お手並み拝見といきましょうか」
        フミエも天沢勇子には手を貸さず、そのスキルを試すようだった。
        「んお?」
        しばらくしてダイチはある異変に気付く。天沢勇子は平然と問題の解答を続けているのに、バナーは少しずつ減っているのだ。
        「消えてく!?えい」
        ダイチは本気出してキーボード打ちに取りかかる。これでバナーが開くペースも速くなる。なのに、天沢勇子の目の前のバナーはいっこうに増えていかない。普通ならここでメガネがパンクしているところだ。
        「スピードは互角のようね」
        フミエも少し感心したようにつぶやく。
        「でも、答えを書きながらよ」
        「あら?どこで操作しているのかしら?」
        フミエも、そしてクラスのメガネをかけている生徒もうすうすこの異変に気付き始めていた。天沢勇子は一切メガネを操作していない。右手は答えを書いているし、左手も微動だにしない。足も動かしていない。なのに確実にバナーは減り始めている。
        「どうやって操作してるんだ?」
        「さあ?」
        ダイチもこれには唖然とするしかなかった。天沢勇子がメガネを操作しているのは間違いない。しかし、一切操作している素振りがない。
        「くそう」
        ダイチはさらにキーボードを打ち込み始めるが、この時には開くより閉じるペースの方が速くなっていた。そうしてついに天沢勇子のバナーはなくなった。ダイチにとってはたまげるどころの騒ぎではなかった。
        「お?それなんスか?」
        信じられないという表情のダイチの後ろで、ナメッチが何かに気付く。ダイチの目の前にはいつのまにか3通ものラブレターが届いていた。言わずもがな、天沢勇子からだ。
        「うわあ!?」
        一斉に開いた手紙は恐ろしいペースでバナーを開いていく。ダイチもキーボード操作で消しにかかるが、手作業で閉じきれるものではないとすぐにわかった。
        「ひい!?ひえええええええええっ」
        天沢勇子が問題を解き終わった時には、ダイチのメガネは白く煙ってパンクしていた。
        「はい。天沢さん。よくできました」
        マイコ先生が黒板の問題も完璧に解いた天沢勇子をねぎらう。
        3倍返しっスね。オヤびん」
        ナメッチも初めて見るぐらい、ダイチの完敗だった。
         
        「許せん。オレのメガネをこんなにしやがって」
        「それにしても、アイツ全然手を動かさなかったッスね」
        「そうなんだよ。手作業でしか閉じられないタチの悪いバナーを厳選したのに」
         次の休み時間、ダイチは1組のガチャギリも呼んで天沢勇子について相談していた。ガチャギリもダイチのメガネがやられたと聞いた時は驚いたが、ダイチ達の話を聞いていてあるうわさ話を思い出した。
        「もしかしたら、イマーゴっていう隠し機能かもしれねえぞ」
        「イマーゴ?」
        ダイチが訊ね返す。
        「メガネには公開されていない機能があってな。それがイマーゴ」
        「へえ?」
        「そんなの聞いたことねえぞ」
        長らく大黒で戦いの中に身を置いてきたダイチであったが、それらしい話を聞いたことも、もちろんその使い手も見たことはなかった。
        「ああ。なんだか不具合が出てな。使用禁止になったらしい。それをメーカーがひた隠しにしてるってうわさだ」
        「で、一体どんな機能だ?」
        ダイチが身を乗り出して訊ねる。
        「それが、頭で考えただけでメガネを操作できる機能らしい。オレもそれを聞いて色々あたってみたんだが、うわさ程度の情報しか得られなかった」
        ガチャギリの調査の甲斐なく、めぼしい情報はネット上に流れていなかったらしい。
        「なるほど。さっきのアイツを見てると、そのうわさは本当のようだな。考えただけでメガネを操作できるのか」
        「それがあれば、電脳戦争でも常に先手を打ちながら攻撃ができる。その転校生、仲間にしてその方法を吐かせるのもアリだな」
        ガチャギリはその技に魅力を感じていた。何よりそのソースを知りたいという気持ちがあった。もしかしたら、天沢勇子はもっとすごい技を有しているかもしれないと思った。
        「悪いが、アイツを仲間にはしないからな。オレを無視した上、メガネを破壊してくれたんだ。きっちりお返ししてやらねえと。それに見ろあれ」
        ダイチが今席をはずしている天沢勇子の机をさした。見事に机がひっくり返って、ご丁寧にその上からイスがかけられている。
        「やれやれ。あんな低学年レベルのいやがらせで自尊心を保とうとするとは。『黒客』を始める前と変わんねえな、ダイチ」
        「なんとでも言え。もちろん、後でメガネにもたっぷりと仕返ししてやる。その前に、少しずつ心を折ってやるんだよ」
        ダイチの言葉にガチャギリは息をついて教室を出て行こうとした。どうも自分が王様じゃないとイヤなのはまるで変わっていない。あれも『黒客』結成前のダイチが気に入らない人間に仕掛けていたようないたずらだった。
        「おお、そうだ。ガチャ待ってくれ」
        「なんだ?」
        ダイチが教室を出たガチャギリを思い出したように呼び止めた。
        「今日の放課後アイツをいてこます。お前が新構成員に推薦してたアキラも試しに加えたい。後で声かけといてくれよ」
        「わかった。言っとく」
        そうしてガチャギリが出て行った後、入れ替わるように天沢勇子が戻って来た。そこで一瞬、教室全体が固唾を飲むような空気になる。天沢勇子はひっくり返った自分の席に歩いていくと、すぐにダイチ達をにらみつけた。ダイチ達はそれに陰湿な笑みで返してやった。
         
         ダイチの天沢勇子いてこまし作戦は給食の時間にも決行された。今日はシチューを入れる当番だったナメッチに言いつけて、天沢勇子が来た時にシチューをこぼさせてやったのだ。
        「あっ!」
        驚いている天沢勇子にダイチとナメッチが畳み掛ける。
        「あーあ」
        「しっかり受け取れよ。転校生」
        天沢勇子もこれにはさすがにムスっとした顔になった。
        「あらどうしたの?」
        マイコ先生がそれに気付く。
        「コイツがこぼしたんです」
        ナメッチはお玉で天沢勇子を指しながら言った。天沢勇子はまたわかっていたかのようにダイチをにらむ。
        「そうなの?天沢さん?」
        マイコ先生の問いかけに、しかし天沢勇子は反論をしなかった。ダイチはその瞬間勝ったと思った。
        「じゃあごめんなさい、天沢さん。一応汚した人がきれいにすることになってるから、後でここ拭いといてくれる?」
        ……わかりました」
        ダイチはこっちも能天気な教師で良かったと思った。
         その後、ダイチは床を拭いてモップを洗いに行った天沢勇子の様子を見に行った。
        「へこんでるへこんでる」
        「これで大人しくなりますかねえ?」
        「いや、放課後もやるぞ」
        ダイチは計画通り放課後に天沢勇子のメガネ破壊作戦を実行しようとしていた。この大黒市でトップに君臨する『黒客』を敵に回したのが運の尽きだったなと、天沢勇子のことを哀れんだ。
         
         放課後、空いていたとある教室に乗り込んだ『黒客』はそこを本陣として構え、天沢勇子のメガネ破壊作戦を決行に移す準備をしていた。その時、ガチャギリが推薦する『黒客』の新構成員候補であるアキラが初めてダイチと顔を合わせた。
        「ご、ご噂はかねがねうかがっております!ふつつか者の僕ですが、どうかよろしくお願いします!」
        4年のアキラはダイチに会うなり、腰が折れるんじゃないかと思うほどの深いお辞儀をして、丁寧な言葉で挨拶をした。
        「おいおい。そんな固くならなくていいぞ4年。しかし、お前があのフミエの弟とはな。まるで性格が真逆だな」
        「アイツにこんな礼儀正しい弟がいたなんて思わなかったッスね」
        アキラを見てダイチとナメッチが話し合う。この性格から、フミエに相当虐げられていることは容易に察しがついた。
        「ま、問題は礼儀の良さじゃねえ。今日はお前の電脳力を見させてもらう。栄光の『黒客』に入会できるかどうかはそこから判断させてもらう。早速だが、天沢勇子を2階連絡通路におびき寄せるメールを作成してくれ」
        「は、はい。早速取りかかります!」
        アキラはもう1度頭を下げて、すぐに作業に取りかかった。
        「で、今日はどんな作戦だダイチ?今回は作戦発案者のお前に全部ゆだねるぜ」
        ガチャギリがダイチに訊ねる。いつもはガチャギリが作戦を立てるが、こんな小規模な戦いの立案をするのはさすがにめんどくさいということだった。
        「今日は作戦も何もない。天沢勇子を連絡通路に誘い込む。そこをショートカットで囲い込み一気にミサイルを撃ち込む。以上。イマーゴっていう技を使えるみたいだが、おそらくショートカットなんて技術は夢にも知らないだろう。アイツのメガネはボロボロになり、明日からは従順になる。ついでにイマーゴの使い方も吐かせる」
        「ダイチ、なんで今日転校してきたばっかりの子にそんなひどいことをするの。ねえ、やめてあげようよ。その天沢さんだって、話し合えばダイチのメガネを壊したことを謝ってくれるかもしれないし、『黒客』に入ってくれるかもしれないよ」
        今日は学校での戦争ということで、珍しくデンパの姿もあった。そのデンパは今回の戦いにあまり気が進まないようだった。
        「うるせえな、水を差すな。アイツに謝られたって、オレのメガネの修理代は返って来ないんだよ!」
        ダイチが強い口調でデンパに言いつける。今日のダイチの燃えたぎる憎悪は誰にも止めることはできなかった。
        「パケット料金はいくらになった?」
        ガチャギリがそのダイチのメガネの修復代について訊ねる。
        「あちゃー。お年玉換算で2年分ッスね」
        ようやく修復が完了したところでナメッチが報告する。
        「おのれ〜。今度はメガネで3倍返しにしてやるのだ。おい4年!」
        「あはい!」
        意気込むダイチに急に声をかけられ、アキラは直立不動になる。
        「メッセージは送ったか?」
        「あ、はい。ちゃんとサーバーも職員室に偽装して、さっき送りました」
        ちょうどその時、監視カメラが天沢勇子の姿を捉えた。天沢勇子はしっかりとアキラの偽装メールに引っかかって連絡通路まで来たのだ。
        「ようし、仕事が速くてよろしい。ナメッチよりも使えるな」
        「オヤビん、そりゃないッスよ〜」
        ダイチの言葉にナメッチは驚いて返した。アキラは「滅相もありません!」と謙遜して下がる。
        「おい、来たぞ。そろそろ構えとけ」
        息を殺したような声でガチャギリが言った。ダイチやナメッチ、アキラもキーボードを打ち込む準備を始める。
        「先生、どこですか……
        天沢勇子もただならぬ雰囲気にこれが罠だと気付いたらしい。膝を緩くしてすぐに動けるようにし、意識を研ぎすませて周囲の気配を感じようとしている。
        「ムダなことを。残念ながらそこにオレたちはいないぜ。ショートカットの切れ味思い知るがいい!」
        ダイチが号令をかけた瞬間、『黒客』メンバーはスイッチが入ったように一斉にキーボードを打ち始めた。
        「はっ」
        天沢勇子はショートカットの攻撃が始まった瞬間に反応した。すぐに積まれていた段ボールの陰に隠れる。
        「反応速かったな。でもここからだ」
        ダイチはショートカットを一旦閉じ、また新たなショートカットを天沢勇子の正面上に開く。そこからまた直進君で狙ったが、天沢勇子は素早い身のこなしでそれも避けきる。そこから次から次へとショートカットを開いてゆき、ようやっと天沢勇子の手にダメージを負わせることができた。
        「いいセンスしてるぜあの女。避けるにしてもムダな動きがないし、避けられない攻撃からはとっさに手を出してメガネをかばいやがった」
        「できるヤツとは思っていたけどな。単独での戦闘能力ではフミエの上を行くかもな」
        そうガチャギリとダイチがそう話している間に、天沢勇子は鉄壁を出してショートカットの攻撃を阻んで見せた。
        「このお!このお!」
        『黒客』はここで力押しに出た。鉄壁にも構わずミサイルを撃ち込み崩壊を狙う。
        「直進くんです」
        アキラは弾の交換にまわり、ナメッチに新しい直進くんを渡した。
        「おい4年。どんどん補給しろ」
        「あ、はい」
        「はいじゃねえ。ヘイだ」
        「へ、ヘイ!」
        ナメッチが『黒客』での返事をアキラに叩き込む。しかしそんな返事をするのは残念ながらナンセンスナメッチしかこのクラブにはいなかった。
        「くそう。直進くんじゃ破れねえ」
        「安物ッスからねえ」
        ダイチはいらつき始めていた。相手に時間を与えるとどんな反撃が来るかわからない。
        「追跡くんを出せ」
        「ヘイ!」
        しびれを切らしたダイチは切り札の兵器を投入することに決め、アキラに指示を出した。
        「追跡くんは貴重品だ。もっと温存した方がいいんじゃねえか?」
        ガチャギリがダイチに言う。ホーミング機能を備える追跡くんは、1発当たりの単価がべらぼうに高い。
        「構わん!オレたちの本気度をあの女に見せつけてやるのだ!」
        そう言うとダイチはアキラに追跡くんをセットさせた。直進くんの掃射を一旦やめ、1袋分を撃ち出す。
        「いけえ!」
        5発の追跡くんは鉄壁の下をすり抜け、天沢勇子めがけて飛んで行く。天沢勇子もこれには歯を食いしばりながらなんとかしゃがんでかいくぐり、2発のミサイルは段ボールに直撃して散っていった。しかし残り3発のミサイルはUターンして再び天沢勇子を狙う。そこで天沢勇子はそのうちの1発に何やら投げつけた。するとそのミサイルは爆発し、連鎖的に残りの2発も爆発した。しかし間髪いれず新たに4機のミサイルが鉄壁をすり抜けて飛来する。天沢勇子が新たに出現させた鉄壁の上をすり抜け、Uターンしたミサイルのうち1機は天沢勇子の手に直撃した。ところがダイチ達の見ているレーダー上では残りの3機がヒットしたのかどうかはわからなかった。
        「当たったか?」
        「わからねえ」
        1発いくらだ?」
        1200メタッス」
        「値切ってか?」
        「値切ったッス」
        「あー世知辛いぜ」
        ダイチは思わず息をついた。今の一瞬で1800メタ分を消費した。にも関わらず天沢勇子のメガネは破壊できなかった。
        「追跡くん、1袋使い切りました。最後の袋も出しますか?」
        アキラがショックを受けているダイチに訊ねる。
        「いやそれは待て。おいまだか?鉄壁のハッキング方法」
        ダイチがガチャギリに訊ねる。やはり鉄壁を取り除いて直進くんで攻撃しようと方針を変えた。
        「近い方法は載っているんだが」
        従来の戦争では相手と対峙をしながら戦っていたので、鉄壁を取り除くなんて悠長なマネはしていられなかった。だからガチャギリもその方法は身につけていなかった。
        「これ、これを応用すればいんじゃないですか?」
        「ん?ああ!そうか」
        アキラのアドバイスでガチャギリもその方法を思いついたらしい。やはりアキラは使えるなとダイチは思った、
         そうして鉄壁を取り除いたが、そこに天沢勇子の姿はなかった。
        「いねえな」
        「連絡通路からこっちはオレたちのテリトリーなんだ。逃がさんぞ」
        そうして丹念にレーダーを調べてみたところ、天沢勇子の位置が判明した。そこに改めてショートカットを開いて直進くんを撃ち込もうとする。ところが直進くんを撃ち出すよりも早く、開いたショートカットに今度は天沢勇子がいびつな図形のような記号を投げつけてきた。
        「な、なんだこりゃ?」
        投げつけられた記号は黒客本陣の空間に広がった。ダイチは得体の知れない攻撃に慌ててしまう。しかしダイチの目の前に不正なアクセスを拒否したという表示が現れ、記号は虚しく崩れ落ちて行った。
        「防壁が阻止したぞ」
        「今のは、最近あちこちの道路に書いてあるやつだ!」
        アキラが驚いたように言った。メンバーも少なからず今の図形を目にしたことがあった。
        「防壁を通らなきゃ問題ねえ」
        その時天沢勇子がカメラの向こうで新しい鉄壁を出現させた。
        「それで隠れたつもりかよ。やれ!」
        ダイチの指示により、ガチャギリとアキラが先ほど身につけた方法で鉄壁を取り除く。
        「直進くんを撃ち込め!」
        ダイチが叫んでその場所に直進くんが撃ち出される。ところが攻撃に夢中のダイチ達の気付かないうちに、足元から天沢勇子の暗号の魔の手が忍び寄っていた。ナメッチの脇に置いてあった未開封の直進くんの袋に暗号が到達すると、袋は暴発を起こした。
        「びええええええっ!」
        あまりに突然の出来事にダイチは心臓が止まりそうな思いだった。
        「お、お前何やった?」
        鼻水たらしてメガネから白い煙が吹き上げているナメッチにダイチが訊ねる。
        「メガネが、壊れました」
        情けない声でナメッチが報告する。これにはガチャギリやアキラも茫然とした。
         直後に教室全体にノイズが走った。ダイチは辺りを見回しながら敵の仕業かと勘ぐる。
        「この空間がハッキングされている!」
        ガチャギリの肩やデンパの頭もバチバチと文字化けを起こす。
        「一体どこからハッキングしてる!?」
        「アイツのいるドメインからのアクセスはすべてはじいてるぞ!」
        「攻撃は2カ所からです!」
        ガチャギリとアキラがすぐに報告する。ダイチにはその攻撃の心当たりがあった。
        「おのれ!1つはフミエに違いない!ヤツら結託したんだ!」
        「違います。見てください!」
        アキラがすぐに映像を出す。するとフミエと小此木優子はダイチ達の予測したドメインとは無関係な場所にいた。
        「全然違う場所にいるなあ」
        「じゃあ、どっちが本物だ?」
        すぐに敵の位置について調べると驚愕の事実が判明した。
        「んなバカな!アイツ分裂したのか!現実の場所はどっちかわかるか?」
        レーダー上では天沢勇子のマークは2つある。どちらかが本物だとダイチは確信した。
        「偽装している!やってみるが、ヤツがボロでも出さない限り見つかるかどうか」
        ガチャギリの苦しい表情に、ダイチは別の手も使おうと考えた。
        「ナメッチ!」
        「お年玉、2年分……
        声をかけられたナメッチはメガネが壊れて半ば放心状態だった。
        「ナメカワ!」
        「ヘイ!」
        ダイチが耳元で怒鳴ってナメッチはようやっと正気に戻った。
        「お前!メガネないんだから足で稼げ!ヤツのメガネを取り上げてこい!」
        「ヘ、ヘイ!」
        泣きそうな声でナメッチが飛び出して行く。電脳戦争ではタブー化されている行為だが、相手の得体の知れない力に気圧されたダイチはなりふりかまっていられなくなっていた。
         ダイチ達が必死こいて天沢勇子の位置を特定しようとしている間、ナメッチは彼女の姿を校舎の中をくまなく探していたが見つけることはできなかった。そうしてダイチのもどかしさが極限まで達した時、おかしな事が起こった。ダイチのレーダー上に天沢勇子の位置が現れたのだ。
        「あれ?場所がわかったぞ。1階の元理科室だ」
        「なんだって?なんでわかった?」
        「なんでわかったんだろう?」
        ガチャギリが不思議そうに訊ねるが、ダイチはもっと不思議な気分だった。その間、ダイチの座る机の下に開いたショートカットから、毛糸玉のような生物が続々と『黒客』本陣に乗り込んできていることにメンバーは気付いていなかった。
        「ショートカットは繋がってるか?」
        「あります!」
        「ようし、とっておきを出せ!」
        「ヘイ!」
        ダイチはアキラに言いつけて残りのミサイルをそこにつぎ込もうとした。しかしアキラは武器を収めていたカバンの中を見て驚いた。
        「あれ?な、ないよ!」
        「なにっ!くっそ!ナメッチに電話して……ああ!メガネないんだアイツ!」
        ダイチはもう収拾つかなくなってきていた。何が起こっているのかさっぱり理解できない。次の手を考えるのも乏しい頭ではかなわない。そんなダイチの行き着いた作戦はこれだった。
        「直接行くぞお!どてかましたれ!」
        そう叫びながら飛び出したダイチを追ってデンパもついて行く。
        「ウウォーリャー!」
        切れ者ガチャギリも、これしか打つ手はないとダイチの後に続いた。
        「だあっ!ま、待って〜!」
        のろまなアキラはこけながらダイチ達の後を追った。
         
        「イ、イサコちゃん?いまーすか?」
        ダイチ達より一足先に元理科室にイサコを探しにやって来たナメッチ。そこでちょうどいいところに無造作に置かれてあった教師用のメガネを見つけた。早速かけてみる。
        「ヘヘッ。使えるかな?」
        電源が入ってOSが起動し、ナメッチは視線を上下に動かしてみる。すると足元から先ほどの記号が不気味にナメッチの体を這い上がって来るのが見えた。
        「いいやああああああ!!」
        教師用のメガネは起動してから3秒でクラッシュしてしまう。ナメッチもこれにはへたり込んでしまった。
         ちょうどその時、ダイチ達も元理科室前に到着した。
        「残りの武器はこのかんしゃくだけだ。落とすなよ」
        ダイチはもう音でビビらせて相手がひるんでいる隙にメガネを取り上げるつもりだった。ガチャギリとデンパにかんしゃくを分け、中の様子を確認してからなだれ込む。
        「突っ込めえええええ!あ!」
        部屋に乗り込んだダイチ達の目の前にはいくつものショートカットが口を広げて待ち構えていた。唖然として何が起こっているのか頭で飲み込むより先に、無情にもショートカットからミサイルの一斉掃射が始まった。
        「うわああああああああ!!」
        ダイチはどこか遠くの方でカラスが鳴いたような気がした。
         
        『黒客』は散った。
         大黒市を制覇した後、ダイチは新たなる強敵の出現を待ち望んでいたが、それも叶わぬ夢かと思い始めていた。しかしその強敵は意外なところから現れ、完膚なきまでに『黒客』を叩きのめしていった。これは『黒客』が喫した敗北の中でも、最も無様なものだった。
         そして『黒客』の運命の歯車はこの日を境に大きく狂い始めた。天沢勇子は後に『黒客』を乗っ取り、そして大黒電脳界で一時代を築いたダイチは追放されることになる。
         

         しかし、『黒客』の戦いの軌跡が色褪せることはない。天沢勇子の運命に巻き込まれその形を変えようとも、戦友達の胸の中には共に戦いに明け暮れた日々の記憶が刻みこまれている。彼らはその記憶に奮い立たされて様々な困難に立ち向かっていく。
         
         彼らが再び結集したのは翌年の春。そこからまた新たなる『大黒市黒客クラブ戦記』が紡がれていくことになる。

        『大黒市黒客クラブ戦記』(完)


        ーあとがきー

         どうも最後までお付き合いいただきありがとうございます。『黒客戦記』も、ようやく完結に持って行くことができました。ひとえに、皆様の応援のおかげだと思います。

         最後にアニメの名エピソードである「大黒市黒客クラブ」を持って来るというのは当初から構想していたものです。しかし書いていて思ったのは、ダイチが前までのテンションと全然違うということですね。『黒客戦記』では完全に僕の中のダイチ像をふくらませていました。アニメのダイチが好きな方には、まったくもってつながりが不自然になったことをここでお詫び致します。

         書き始めた当初はこんなに長い物語にするつもりはなかったわけですが、どうも僕には物語をコンパクトにまとめるという能力が欠如しているようで、うだうだと4ヶ月近くも続ける羽目になってしまいました。言い訳をするなら、僕自身も『黒客』にさらなる愛着が湧いて、勝手に物語が膨らんでいった結果こうなったのだと思います。

         これだけ書いてこのままにしておくのはなんか勿体ない気もしたので、この小説を「小説家になろう」の方に投稿することにしました。このブログでは文字の太さがバラバラで、皆様には本当にご迷惑をおかけしましたし、過去の記事はどんどん埋まっていくこともあって、読み返すのが非常に不便でした。ですので、万が一またこの物語を読み返したくなりましたら、是非「小説家になろう」の方でお読みになってください。近日中に全話アップいたします。

         それから当初色々とアイデアを上げたんですが、次のスピンオフ小説の連載についてはまだ未定です。今回のことで連載2本がいかに大変かがよくわかり、若干の後悔をしたのも事実です。なのでしばらくはこのブログもまた通常回に戻そうかと思います。アイデアがストックでき次第、また次の作品に取りかかろうかと思います。

         それでは改めまして、最後まで『黒客戦記』をお読みいただきありがとうございました。『春』における彼らの今後の活躍にもご注目ください。

         

         



        『大黒市黒客クラブ戦記』 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |

        『大黒市黒客クラブ戦記』 episode 16

        2010.06.25 Friday 22:41
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           今日はこの話題に触れないわけにはいきませんね。サッカー日本代表、決勝トーナメント進出おめでとうございます。僕も徹夜して未明の試合見させていただきました。大会前の予想を覆す見事な戦いっぷり、特に守備における粘り強さには感服しました。今の日本代表は決勝トーナメント進出にふさわしいチームとなりましたね。決勝トーナメントにおけるご健闘も願っています。

           さて、こっちも熱い戦いが繰り広げられています『黒客戦記』ですが、今日はフミエちゃんとの戦いの後編。決着がつきます。果たしてどんな結末が待っているのか、お見逃しなく。それではどうぞ。

           episode 16 「永遠の好敵手 -後編-」

           ダイチはガチャギリの提案した作戦を採用し、すぐに外が見える建物の端に移動すると、組まれた鉄骨の足場の向こうに輝く夕陽を捉えた。その瞬間、フミエも5階に到着する。
          「なにしてんのアンタ?」
          フミエもいぶかしげにそちらを向いた。ダイチも一瞬だけフミエに笑いかけたかと思うと、持っていたミサイルをその夕陽の中に打ち込むがごとく引き金を引いた。ミサイルは時間帯を間違えた打ち上げ花火のように夕空にはじけていった。
          「よし、これで多分気付くだろう」
          ダイチの隣にいたガチャギリがほほえむ。フミエはこの奇妙な行動に首を傾げる。
          「アンタ達、まさか、仲間でも呼んだんじゃないでしょうね?」
          「ふん。仲間か。ある意味ではそうだ。だが、敵でもある」
          ガチャギリの言葉に、また何かとんでもないことを始めるのではないかという思いがフミエの頭によぎった。これまで『黒客』は、常識を破るような戦いを続けてきた。それをつぶさに見届けていたフミエも、毎回それには驚かされていた。
          「ふん。今回ばかりは何をしてもムダ!行くわよ!」
          フミエの合図とともにショートカットが開く。『黒客』は時間稼ぎのようにその攻撃から逃げ回った。決してムリに攻撃を仕掛けず、ひたすらその時が来るのを待った。
           さすがに逃げるだけなら手を焼かせてくれるとフミエも思い始めた時、ビルの中に異変が起こる。先ほどダイチがミサイルを放った建物の端から、丸い飛行物体がまるでUFOのような電子音を響かせて飛び込んできたのだ。
          「キューちゃん!?ま、まさか!アンタ達がさっきミサイルを外に向けて撃ったのは、キューちゃんを呼ぶため!?」
          何を考えているんだと思いながらフミエが叫ぶ。
          「そうだ。オレたちの勝利を呼び込むためにな!」
          キューちゃんはすぐにダイチ達の方を向いた。ダイチ達はフミエとは距離を置きながらギリギリでキューちゃんからの攻撃も避けていく。
          「バカじゃないの?余計な注意を払うことになるだけなのに」
          「ふん。それなら、オレたちのメガネを壊してみろよ」
          挑発するようにダイチが言う。フミエはそれに怒って仲間の2人に指示を出す。
          「もっとショートカットを出すのよ。アイツらの動きを完全に封じて!」
          「了解!」
          仲間2人は攻勢を強めるためにダイチを囲うようにショートカットを出現させる。ところがそこでフミエ側にとってはとんでもないことが起こった。
          「そ、そんなことが……
          ダイチのまわりに出現したショートカットが、弾丸を撃ちだす前にキューちゃんによって次々と消されていくのだ。これはフミエにも予想外の出来事だった。
          「ガチャ!お前の言う通りだったな!」
          「だろう。空間の設計ミスを利用しているっていうショートカットは、言ってみれば空間バグのかたまりみたいなもんだ。キューちゃんが食いつく格好の獲物ってことだ」
          ガチャギリの言葉にフミエは唇を噛んだ。もとはと言えば、その情報を与えたのは他ならぬ自分だ。たったそれだけの情報で、こちらの手を防いでしまう。『黒客』の実力を再認識すると同時に、油断していた自分を悔いた。
          「だったら、直接斬りつければいいことよ!」
          フミエはそう叫んでダイチに斬りかかる。ところがダイチの肩の上で浮遊するキューちゃんは、今度はフミエに気付いてフォーマット光線を浴びせてきた。これにはフミエも近づくことができなかった。
          「お前の剣は、何本もの剣を合金して作ったんだろ?それも違法物質のかたまりってわけだ。キューちゃんがオレたちの武器よりも過敏に反応するのは読めていた」
          ダイチが余裕の表情でフミエに言う。その間キューちゃんは次なるターゲットをダイチに設定したが、ダイチは先手を打ってキューちゃんの目の前に鉄壁を出した。
          「私達の攻撃がすべて封じられたってこと?そんなバカな」
          「フミエ。お前は力を持っているが、実戦には慣れていない。経験値の差で、オレたちには勝てないんだよ」
          ダイチがフミエに吐き捨てる。ダイチ達は、いつもこのくらいの修羅場をくぐり抜けてきたのだ。
          「ふん。そんな余裕かましていられるのも、今のうちよ!」
          「ぷぎゃー!!」
          フミエの反撃のセリフと、ナメッチの悲鳴が重なった。ダイチは驚いてそちらの方を向く。
          「お、お前達がフミエの仲間か。やっと姿を現したな」
          ナメッチはいつのまにか、フミエの仲間2人に挟まれており、あっという間に戦闘不能になってしまった。
          「ふん。これでこっちが数的有利ね。まともなぶつかり合いになれば、アンタ達もお手上げじゃない」
          フミエが勝ち誇ったように笑う。ショートカットや天叢雲剣が使えなくても、『ドリームチェイサー』は飛び抜けた戦闘能力を持っている。
          「ふーん。そうか。じゃあ、まともにぶつからなければいいんだな」
          ダイチはフミエのセリフを意に介していなかった。そして何気なくハンドガンを両手に構えると、先ほど投げておいた鉄壁をようやく破壊したキューちゃんを撃ち始めた。
          「なにしてるの!?それがアンタ達の切り札じゃ」
          「必要なくなったからな」
          キューちゃんはダイチの攻撃に耐えきれず、一時活動を停止し、修復中の文字が表示された。
          「ガチャ、準備はできているんだろうな?」
          「もちろんだ」
          「こ、今度はなにをするつもり?」
          怪しげなダイチとガチャギリから、フミエはじりっじりっと離れて行く。
          「お前達の切り札をパクる。あいにくアイツらのメガネはハッキングからは無防備だった。オレなら簡単に潜れたんでな」
          ガチャギリの言葉の後、フミエを囲むように無数のショートカットが開いた。
          「くっ、もうショートカットを自分たちの技にしたの!?早くあの2人を取り押さえて!」
          「んなろー!!」
          ダイチ達に攻撃させまいとフミエが指示を出すと、仲間の2人はダイチとガチャギリを取り押さえた。ダイチ達がほとんど抵抗しなかったので、フミエは逆にダイチ達をいぶかしんだ。
          「どうしたの?なんで抵抗しないの?」
          「する必要ないからさ。オレたちにはナメッチ先生がいるからな」
          ダイチに言われて、フミエはハッとしてナメッチの倒れていた方を見る。すると先ほど倒されたはずのナメッチが、せっせと目の前のショートカットの入り口にミサイルを装填しているのが見えた。
          「な、どういうこと!?ナメッチはさっき2人にやられたんじゃ」
          「忍法死んだふりの術。いつも真っ先にやられるナメッチのために、オレたちが組んだプログラムだ。メガネがまだ余力を残した状態でも、あたかも壊れたように見せかけるプログラム。相手が油断している間にナメッチが反撃に転じるっていうのを想定して作った」
          ダイチが丁寧に説明している間に、ナメッチの準備が整った。
          「じゃあ、行くっすよ。発射ッス」
          ナメッチがスイッチを入れると、次々にショートカットの入り口にミサイルが吸い込まれていった。そして、フミエを囲んでいたショートカットから飛び出してきた。
          「いやあああっ!!」
          あっと言う間にフミエのメガネは壊れ、戦闘不能になった。ダイチはそれを見てため息をつく。
          「おら、いつまでくっついてんだよ。フミエのメガネは壊れたんだ。これでこっちが数的有利になった。メガネ壊されたくなければ、さっさと降伏しろ」
          「く、くそっ。だがオレたちは諦めんぞ!」
          フミエの仲間2人はダイチ達に銃を向けて抵抗する姿勢を見せた。仕方ないと、ダイチ達も銃を構える。
          「ぷぎゃー!!」
          その時またナメッチの叫びがこだました。今度はなんだと思いながらダイチがその方を向く。
          「ナメッチ?」
          ナメッチのメガネは煙を上げ、そのまま崩れ落ちるように座り込んでいる。何がナメッチのメガネを破壊したのか、ダイチは見回した。
          「ボク、サッチー。よろしくね」
          その時、ダイチの背後で間の抜けたような声が聞こえた。夕陽を遮るような巨大な影に、ダイチはそこでフリーズしてしまった。
          「あの、ガチャギリくん。これってまさか」
          「ああ。なんか、後ろから殺気を感じるぞ。さっきお前がキューちゃんを撃ったのを恨みに思ってここまで来たんじゃないか?」
          ガチャギリもまるで金縛りにあったように背筋をのばしながら返した。
          「そーかそーか。で、あれ?残りの2人は?」
          「とっくに逃げたぞ」
          階段方向に逃げて行くフミエの仲間2人を、ダイチは目の端で捉えた。そして一緒に逃げようと足を踏み出した瞬間、サッチー渾身のフォーマット光線が2人に浴びせられる。
          「のわあああああああ!!」
           
          「結局、勝負に勝って試合に負けたってこと?」
          翌日、学校でフミエとの勝負の話を聞いたデンパが聞き返してきた。
          「まあ、確かに負けは負けだ。キューちゃんを呼び込んだら、サッチーもつられてやってくることを考えていなかった」
          「いいじゃねえか。ショートカットの技術も盗んだし、再戦するとなればフミエ達とは今度は互角に戦えるしな」
          ガチャギリも収穫があったので負けたことは気にしていなかった。
           その時フミエが登校してきた。なんとなく晴れない表情のまま、自分の席につく。
          「おいフミエ。メガネ直ったのか?オレたちは再戦してもいいぜ」
          フミエはダイチを一瞥すると、息をつくように言った。
          「アンタ達、負けたくせによくそんなことが言えるわね」
          「今度は負けない自信があるからな。昨日の敗戦は、ほとんどオレたちの自爆みたいなもんだ」
          「ダイチ」
          フミエは改めてダイチの方を見やった。
          「なんだよ?」
          「昨日の戦いは、素直に私の負けを認める。あんな勝利、仲間の2人も別に嬉しくないって言ってたし」
          「だから再戦しようって言ってるんだ」
          「いいの。私達は絶対の自信をもって昨日の戦いにのぞんだのよ。それをアンタ達はものの数分で打ち破る方法を考えだして、そして実際私達の手を封じてみせた。正直私は、アンタ達の実力を見誤っていた」
          淡々と話すフミエの瞳の中に負け惜しみの気持ちは感じられない。ただ、相手を認めようとしているということだけわかった。
          「オレたちもお前があんな技使って来るなんて思ってなかったぜ」
          「私達の技は、長い間熟考して生み出したものよ。それをあんな簡単に防がれてしまうなんて、自分たちの無力さと、アンタ達の土壇場での強さを身にしみるほど感じた。今すぐ再戦しても、きっとアンタ達が勝つんでしょうね」
          「おいおい、らしくねえぞ。一体どうした?」
          ガチャギリが軽いノリで返す。
          「勘違いしないで。私はこのまま終わるつもりはない。もし次があるなら、その時はアンタ達の想像をはるかに越える技を編み出してからにする。それまで、アンタ達は大黒のトップで居続けなさい。誰かに負けることは私が許さないわ」
          「......大黒のトップか。もう、そんなところまで来たんだな」
          ダイチがしみじみと言った。そんな夢を見始めてからかれこれ9ヶ月が経とうとしている。
          「ショートカットなんて飛び道具使えるの、私達とアンタ達ぐらいのものでしょ。だからもう、大黒でアンタ達にかなうクラブはない。私もそれを認める。で、どう?頂点からの眺めは?」
          フミエは是非聞いてみたいと思っていた。ずっとその夢を追いかけつづけて、やっとその栄光を手に入れた男の感想を。『ドリームチェイサー』の1人として。
          「いや、なんか実感ねえな。つか、まだまだオレたちよりも強いヤツはどこかに居ると思うんだよな。そいつと一戦交えるっていうのが、新しい夢になったって言うか」
          「ふん、それはそれでおめでたいことね」
          やっぱりバカだとフミエは笑った。今の『黒客』にかなう相手など、都市伝説で聞く暗号屋くらいのものだろうと思った。でも、それがフミエはうらやましくもあった。夢を叶えてしまえば、同時に何か大切なものを失うかもしれないと思っていた。ダイチを倒せば、自分はどうなるのだろうか。メガネをやめてしまうのではないか。そこまで考えていた。だから、今回の勝負も潔く負けを認めたという部分もあった。
           しかしダイチは違う。常に前を向いている。常に上を目指している。止まることを知らない。そんな愚直な生き方を、フミエはキライじゃないと思った。そしていつか、もう1度、ダイチの夢を阻みたいと思った。

          夢を見続ける限り、『黒客』の戦いは終わらない。

          「永遠の好敵手」(完)


           次週、『大黒市黒客クラブ戦記』最終回!乞うご期待!


           
          『大黒市黒客クラブ戦記』 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |

          『大黒市黒客クラブ戦記』 episode 15

          2010.06.18 Friday 22:50
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             先日ですね、よくわかんないですけど、フミエと一緒に牛丼食べてる夢見ました。しかも牛肉の盛りが悪かったのか、フミエさん店員にいちゃもんつけてました。最近眠りが浅いのか、変な夢ばっかり見てる気がします。さすがにこの夢見た時は起きたら笑ってしまいましたけどね。

             そんな話はどうでもよくて、この『黒客戦記』も残すところあとわずかになりました。とりあえず前回の話は引っぱり過ぎだったと反省しましてですね、今回は前後編の2回で決着をつけます。ライバル対決、いよいよ幕開けです。


             episode 15 「永遠の好敵手 -前編-」


             『黒客』が『黒客包囲網』を打ち破って以来、大黒市の電脳戦争の世界は様相が一変した。電脳戦争界をコントロールしていた大黒屋カルテル。「大黒市賢人会議」を開いては、電脳戦争界のあるべき未来を紡ぎだしていた彼らの正体は、ダイチ達もよく利用する通販電脳駄菓子屋の共同体だった。自分たちの利益を確保するために、彼らは大黒市の電脳戦争を絶やさないように画策していたのだ。そのためには、ある1クラブが勝ち続けるのを防がなくてはならない。『黒客』が彼らに狙われたのはそのためだった。

             ところが『黒客』は、絶体絶命の窮地に陥りながらもその包囲網を奇跡的に打ち破った。そこにはメガシ屋という、大黒屋カルテルに属さない特殊な立ち位置にある電脳グッズ屋の存在も大きかった。『黒客』側の勝利の要因はそこにあったと言ってもいい。
             その戦いにおいて大黒屋カルテルは、『黒客』を倒すために、それぞれ大金を投じて『黒客包囲網』の武装を強化した。もちろん彼らにとっては、『黒客』の勝利など考えられないことだった。この戦いにおいて、資金面で底をついた大黒屋カルテルは崩壊した。
             続いて起こったのは、各通販電脳駄菓子屋における激しい値下げ競争だった。カルテルとは、複数の企業が商品の価格や生産量を取り決めることで、独占禁止法においてその行為は禁止されている。しかし元々違法なウラビジネスである電脳グッズの販売において、その禁止法は抑止力にはなっていなかった。大黒屋カルテルに属する3社は、それぞれの利益を相互に守るため、価格設定や販売数を細かく取り決めていた。そのカルテルが崩壊すると、今度は各駄菓子屋が自由競争を始めたのだ。
             そのおかげで価格はそれまでの相場の半分近くまで下がり、メタバグの買い取り価格は逆にはね上がった。カルテルという形をとってきた頃は、価格も少し高めに設定しても商品は売れた。なにせ大黒市で電脳グッズを売っているのは、この通販電脳駄菓子屋を除けばメガシ屋ぐらいのものだったのだ。
             そしてその結果、大量の武器装備が市の電脳クラブに行き渡るという現象が起こった。さきの戦いで大黒市でも強豪だった『ウイングス』などのクラブは崩壊したものの、大黒市にはまだまだ数多の電脳クラブが存在する。その意味では、今が最も大黒市で戦火が拡大していると言ってもよかった。
             そしてもう1つの変化は、弱者は淘汰され、真の強豪クラブだけが生き残るという、弱肉強食の世界が出来上がったことだ。これまでの戦争では大黒屋カルテルの介入により、どうしても絶対的に強いクラブは登場できなかった。少し力を持ったところですぐに叩かれていたからだ。
             その大黒屋カルテルの支配が終焉した今となっては、誰も力を持ちすぎることを制止する者はいない。ひたすらに強い者だけが勝ち続ける。本来の自然の姿に戻ったと言ってもいい。大黒市は、真の争乱状態に突入したのだ。
             そんな市内の戦火拡大に歯止めをかけた出来事もあった。空間管理室によるサーチマトンの導入である。
             とにかく古い空間の消滅するところを知らない大黒市において、最終兵器として登場したのがサーチマトンだ。どんな小さなバグにも反応し、違法なソフトウェアを持つメガネも容赦なく攻撃する。電脳戦争の中では、いかにサーチマトンから逃げながら戦うかというのが戦術の肝になった。そして神社や学校にはサーチマトンは入れないという法則を誰かが発見した。今度はそれを逆手に取り、神社や学校にトラップを仕掛けるという戦術も生まれた。サーチマトンの登場も、大黒市における電脳戦争の形を変えた要因の1つだった。
             
             その流れの中で『黒客』は何をしていたか。包囲網の攻撃で壊滅寸前まで行った彼らだったが、その時に得た戦利品でなんとか解散には至らずに済んだ。そしてもう1度資金を貯めなければいけないということになった。その資金調達の手段は、やはり戦争だった。
             包囲網の攻撃の直前に直属部隊を組織した『黒客』だったが、自分たちのために仲間のメガネが無下に破壊されていくのに耐えきれなかったダイチが、すぐに部隊の解散を命じている。『黒客』の戦闘員は再び3人ということでリスタートした。
             今の『黒客』にとってみれば、ほぼ同数の電脳戦争などは目をつむっても勝てるほどに造作もないことだったのだ。相手にも特別な強豪などはなく、『黒客』は順調に力を蓄えられた。そして次第に、大黒市における敵も数少なくなっていた。残っているのは本当に力のあるクラブだったが、それでも『黒客』に及ぶクラブは出現しなかった。
             かつてダイチが夢見たのは、大黒市で頂点を極めること。その夢はすぐ目の前まで迫っている。しかし、この頃のダイチは腑抜けた感情に支配されていた。包囲網に襲撃されて以降、本当に歯ごたえのある敵はいなくなった。このままの勢いで頂点を極めても、ほとんど達成感など見いだせない。あそこで強豪をクラブをまとめて潰すんじゃなかったという後悔まで押し寄せていた。これが想像するだけで震えるくらい興奮した夢なのなのだろうか。まだ『TSUJIGIRI』とのバカみたいな真剣勝負だったり、まだ駆け出しのクラブだけで同盟して、強豪クラブの連合を倒した南北戦争であったり、『黒客』の終焉を覚悟したさきの『黒客包囲網』との戦いの方が楽しかったと思えた。本当のスリルを味わえた。スリルのない世界ほど味気のないものはない。
            「そう言うなって。大黒市をオレたちが制覇すれば、大黒のキングになれるんだぞ。オレたちが道を歩けば、通行人はこうべを垂れてひれ伏すだろう。そうすればメタバグの上納とかも思いのままだ」
            そう言って金に執着できるガチャギリがうらやましいとダイチは思った。正直、ダイチは大黒を制覇したら何をしようか考えていなかった。どうせ、また学校でいたずらを仕掛けるくらいしかやることがないなと思っていた。
            「あーあ。どっか目の覚めるくらいバカみたいに強いクラブは現れねえかなあ」
            大きくため息をつくようにダイチが言った。
            「けど、大黒でまだ戦争してるクラブって本当に少なくなったっしょ。ダイチの望むクラブなんてあるはずが」
            「いや。1つだけあるぞ」
            ナメッチの言葉を遮るようにガチャギリが言った。
            「お、どこだどこだ?」
            ダイチがうれしそうに反応する。
            「ほら。オレたちのホームページにも宣戦布告がきてる」
            ガチャギリがウインドウをダイチに示しながら言った。
            「なになに?勝負を所望する。場所は明後日、大黒新駅ビル。『ドリームチェイサー』」
            「聞いたことないクラブっスね」
            ナメッチがガチャギリを見た。
            「ああ。新興クラブらしい。構成メンバーは、大黒第一、第二、第三小の生徒だそうだ」
            「第三小?おいおい、ウチの学校にもメンバーがいるのかよ」
            誰だろうかとダイチは思った。同学年で電脳クラブを組んでいる人間など聞いたこともなかった。
            「噂によるとえげつないくらい強いらしいぜ。戦ったクラブが、PTSDを患ったっていうほどだ」
            PTSD?ってなんだ?」
            「簡単に言うと、戦争になどによって生じるトラウマだな」
            「ふぇ?じゃあ、その『ドリームチェイサー』ってとこと戦ったクラブは、トラウマになるほどひどい目に遭ったってことッスか?」
            ナメッチが体を震わせて言う。死ぬほどいたぶられるのだろうかとナメッチは思った。
            「実際のところはわからん。ただ、恐ろしいほど強いクラブってことだけは聞いている。正直、これをお前に見せるのもどうかと思った。この宣戦布告に乗っかるってことは、相手の懐に入り込むようなものだからな」
            「んなこと関係ねえ。おもしれえじゃねえか!やっと歯ごたえのあるクラブが現れたんだ!オレの血が騒ぐぜ!」
            ダイチは鼻息荒く立ち上がった。まるで水を得た魚のようだった。
            「まあ、こうなるだろうと思ったぜ。じゃあ、この『夢の追跡者』とやらを倒して、オレたちが大黒市を制覇してやるか!」
            ガチャギリも乗っかった。この戦いの先に、大黒市の王座が待っている。ガチャギリの目には底なしの大金が踊っていた。そしてナメッチはいつものパターンで、2人に引っ張られるように参戦することになった。
             
             風薫る5月ももうすぐ終わろうとしている、ある日の夕方。『黒客』メンバーはサイトに書き込まれた宣戦布告を受け、呼び出し場所である工事中の大黒新駅ビル前にやってきた。
            「この前メガばあへの借金の残りをまとめて支払ったこともあって、今回はあまり上等な武器が仕入れられなかった。日を改めてもらった方が良かったんじゃないか?」
            念を押すようにガチャギリが言う。『ドリームチェイサー』とぶつかり合うにしても、ガチャギリとしてはもう少し準備をしたかったというのが本音だった。
            「うるせえな。受けちまったもんはしょうがねえだろ。今更、来週にしてくれとか頼めるかっての」
            ダイチはそれでもやる気まんまんだった。一刻も早く最強クラブと呼ばれるその相手とやり合いたいと思っていた。
            「オヤビン。ここって、2学期からオレっちらの新校舎になるビルっスよね?」
            ナメッチが工事途中のビルを見上げながら言う。夕空に向かって伸びるその建物が、とても学校になるとは想像できなかった。
            「ああ。そういやそうだったな。それに今日は工事が休みみたいだな」
            「相手もそこを狙って今日を選んだんだろう。しかし建設中のビルの中か。正直、良い地形ではないな。この中に追い込まれると、逃げ場がなくなる」
            ガチャギリが不安そうに言った。
            「なに、これだけ高いビルで、まだ中も基礎構造だけだろ。逃げ場なんていくらでもあるって」
            「ふふん。案外アンタ達に逃げ場なんてないかもね。どこに隠れようと、どこまで逃げようと、アンタ達には破滅しか待っていない」
            「おお、そうか。なるほど。オレたちには破滅しか待ってないのか……ってフミエ!?」
            あまりに違和感のない掛け合いだったので、ダイチは気付くのが一瞬遅れた。ガチャギリやナメッチも後ろを振り返る。すると3人の背後にはフミエが1人で仁王立ちしていた。
            「お前、ここで何してんだ?」
            ガチャギリがいぶかしげに訊ねる。
            「うーん、そうね。しいて言えば、アンタ達の最後のマヌケ面見に来た」
            「はあ?さっきから何だお前?オレたちには破滅しか待っていないとか、最後のマヌケ面見に来たとか」
            ダイチ達があまりにも鈍いのでフミエはため息をついた。
            「まったく。アンタ達まだわからないの?今日ここにアンタ達を呼び出したのは私。そして今日、アンタ達を潰すのも私」
            「何だと!じゃあお前、『ドリームチェイサー』のメンバーの1人なのか!?」
            「まっ、そういうことね」
            ダイチは自然とフミエから23歩後ずさった。フミエにはまだ攻撃の意志が見られなかったが。
            1人か?」
            ガチャギリが周囲を見回しながら訊ねる。
            「まさか。私達は3人組。見えないだろうけど、ちゃんと攻撃態勢に入ってるわよ」
            「なんだと!じゃあステルスか!」
            ダイチはそう言って自分のメガネを押し上げた。しかしメガネをはずしても、まわりにフミエの味方らしい人間は見当たらない。メガネをかけていては見えなくなるような技を使っているのではないかという、ダイチの予想は外れた。
            「誰もいないぞ。まさかコイツ、ハッタリかましてんのか?」
            「しかし、こいつ1人で最強クラブなんて呼ばれるのはおかしい。何かあるはずだ」
            ダイチとガチャギリが耳打ちし合う。フミエはそのやりとりを聞いて笑い始めた。
            「アハハハっ。私がハッタリをかましてるなんて、おめでたいことね。いいわ。私達『ドリームチェイサー』が最強と呼ばれるゆえんを見せてあげる。さあ、コイツらを撃つのよ!」
            「撃つのよって……まわりに誰もいないのに何言ってんだお前は……って、なんだ!?」
            ダイチがあきれ顔でつぶやいた途端、視界に無数の黄色い円盤が現れた。いきなりのことにダイチ達は硬直する。
            「なんだこの円盤は!?」
            「アンタ達を破滅に追いやる、切り札よ」
            目の前の円盤に視界を遮られて見えなくなったフミエが笑みを含んで言った。
            「はっ。そんなビジュアル演出だけでオレたちがビビるとでも思ったか!」
            ガチャギリはそう言って、かまわずフミエに対してハンドガンを向けた。
            「これがただのビジュアル効果だけじゃないのよね。それをわからせてあげる。やるのよ!」
            「うわっ!なんだ!?」
            フミエの号令とともに、黄色い円盤の中から弾丸の掃射が始まった。ダイチ達は足元を狙われ、ダンサーのようなステップを踏みながら避ける。
            「くそっ!こりゃ逃げるしかないな!こっちだ!」
            ガチャギリがダイチ達に声をかけてビルの中に入って行く。フミエはそれを見て再び不敵に笑った。
            「フフフっ。これでいいわ。計算通り。さあて、積年の恨みを晴らす時ね。ダイチ。これからじっくりと料理してやるわ。ショートカットからの攻撃は頼んだわよ」
            「いつも通りだろ。わかってるって」
            「あまりムリはするな。相手は大黒トップクラスの『黒客』だからな」
            フミエの指電話から、頼もしい相棒達の声が聞こえてくる。
            「ええ。油断はしてない。だけど、たまらなく楽しみであることは間違いない。この手で、あのバカどもを葬れるんだからね」
            フミエは夕陽に染まるビルをもう1度見上げて、深呼吸をする。高ぶる心を落ち着かせてから、ゆっくりと自らもビルの中へ踏み出して行った。
             
            「おいガチャ!なんだあれ!?」
            とにかくビルの階段を上へとのぼりながらダイチは先ほど見た黄色い円盤について訊ねた。
            「知らん!だが、噂で少し聞いたことがある技に似ているところがある」
            「ある技ってなんスか!?」
            とりあえず4階までのぼってきたダイチ達は、支柱の影に隠れて息を整えた。そしてフミエが来ないかどうか階段の方を見やりながら、ガチャギリが続きを話始める。
            「離れた空間と空間を電脳上でつなぐことができるっていう技だ。ほとんど都市伝説かと思っていた。実際にそんな技が使えれば最強だからな。敵の目の前に身を晒さなくても攻撃ができるなんて、電脳戦争の常識を根本から覆すことができる」
            「じゃあ、アイツらは常識を覆したってことか?フミエの仲間は、今もどこかでオレたちを狙っている……
            「相手の位置がわからないんじゃ勝ち目がないじゃないッスか!」
            ガチャギリの話が本当なら『黒客』側は打つ手がない。ダイチは知らない間にそんな大技を仕込んで来たフミエに対する悔しさで下唇を噛んだ。
            「そもそも、なんでアイツがそんな技を使えるんだ?それにどこで人を集めた?」
            「さあな。だが、アイツにはメガばあという後ろ盾がある。その技もメガばあルートで知ったんじゃないか?そしてメガシ屋に出入りしていた人間を仲間に引き入れたんだろう」
            「その通りよ!」
            ガチャギリの言葉に反応するかのように、いつの間にか階段入り口に立っていたフミエが返した。
            「ちっ、見つかっちまったか!」
            「逃げ隠れるのは苦手なようね。それにそのままじゃ、いつまで経っても私たちには勝てないわ」
            あざ笑うかのようにフミエが言う。
            「うっさい!お前の仲間はこの近くにいないんだろう!こんな戦術、卑怯の極みだぞ!」
            「ふふん。その低能は哀れむべきね。私たちの仲間は、じっとアンタ達を追っているわ。そんな事にも気付かないんてね」
            「なんだと!?」
            フミエに言われてダイチ達は周囲を見回す。しかし人の気配は感じられない。
            「メガばあが引き入れてくれた2人の仲間は、才能のかたまりだった。それまでは電脳戦争なんて経験したことがなかったけど、メガばあの訓練によって見違えるほどに成長した。アンタ達に気配を掴ませないことぐらい、2人にとっては容易いことよ。さあ、『黒客』をあぶり出して!」
            フミエが号令をかけると、再び黄色い円盤がダイチ達のそばで開いた。支柱の陰に隠れていたダイチ達も、これにはたまらず陰から飛び出す。その瞬間にフミエはダイチの元に走り寄り、帯びていた電脳刀を抜いて振り下ろした。
            「うわっ!お前それ、天叢雲剣じゃないか!どこまでも卑怯なマネを!」
            紙一重でフミエの攻撃をかわしたダイチが叫ぶ。
            「違うわ。これは天叢雲剣を参考に、私が使うために新しく合金した天叢雲剣改よ!飛び道具系の攻撃を排除し、斬れ味は前にもまして鋭くしてある。近接戦闘専用の仕様にしてあるわ!」
            「な、なるほど。さっきの円盤で敵をあぶり出してお前が直接手を下す。それがお前らの戦法か!」
            「ピンポーン。その通り。じゃあ冥土の土産にあの円盤についても教えてあげましょうか。あれはショートカットと呼ばれるホールよ。空間の設計ミスを利用して、空間と空間をつなぐことができるの」
            「空間の、設計ミス?」
            フミエの言葉を聞いてガチャギリが考え込んだ。
            「もっとも、私に言わせればアンタ達の脳みその方が設計ミスよ。さあ、どんどん行くわよ!」
            フミエがさらに斬り込んでくる。ショートカットからの攻撃もあり、ダイチ達は逃げるのがやっと、というところだった。
            「やべえぞ。やられるのも時間の問題か?」
            ダイチがガチャギリとナメッチと背中を合わせながら言った。
            「いや、まだいけるかもしれん」
            対してガチャギリからは楽観的な答えが返って来た。この状況で何を根拠にそんなことが言えるのかとダイチやナメッチは思った。
            「どういけるんだよ!?」
            「その前にこれだ」
            ガチャギリは電脳煙幕弾を足元に投げて視界を遮った。『黒客』の3人は視界を暗視モードに切り替えて視界を確保し、再び階段を目指した。
            「ふん。逃げられるとでも思ってるの?」
            フミエの言葉を尻目に、ダイチ達は階段をのぼって5階にたどり着く。
            「で、どうすれば勝機があるって?」
            改めてダイチはガチャギリに訊ねる。
            「ああ。リスクが伴う方法だが」
            ガチャギリがダイチとナメッチに作戦の概要を話す。その内容にはダイチも驚愕した。
            「お前、それ本気で言ってるのか?マジあり得ん。危険すぎる。電脳戦争の常識を逸脱してるぞ!」
            「相手はその常識を覆してるんだよ。これしか方法はない」
            ダイチはしばらく考え込む。すると4階からのフミエの足音が異常なくらい響いているのがわかった。「オヤビ〜ン」とナメッチが情けない声でダイチの袖を引っ張る。
            「仕方ねえ。その作戦に賭けてみよう」


            (後編に続く)

            『大黒市黒客クラブ戦記』 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |

            『大黒市黒客クラブ戦記』 episode 14

            2010.06.11 Friday 22:55
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               まさに本日から4年に1度の夢の祭典。サッカーワールドカップが開幕します。今回は南アフリカ大会ということで試合時間も日本時間の未明に組まれる試合が多いわけで、みんなでこの1ヶ月寝不足になりましょう。 僕は日本を含めどこの国を応援しているというわけではありませんが、世界最高峰のレベルの高いプレーを期待しています。このブログの更新が終わった直後に開幕戦があるので、さっそく楽しみたいと思います。

               そして今日でやっと今回の「黒客包囲網」シリーズが完結します。『黒客』存亡を賭けた戦い、最後までお見逃しなく。ではどうぞ。

               episode 14 「四面楚歌!大黒黒客包囲網!! 4/4」

               
               ナメッチとフミエは、部隊を鹿屋野神社境内前に集めた。その中で副部隊長の大河内と作見は、敵をその場所まで引きつけるために街に出てその姿を見せ、敵をおびき寄せていた。
              「とにかくこんな状況ッスから、敵方のフミエがなんで加勢しているのとかツッコまないように。今から装備を配るッス!」
              そうしてナメッチは部隊に装備品を手渡していった。不安は部隊全員がメガシ屋製品を初めて使うということだった。防御壁などはまだしも、メガビーはメガシ屋限定アイテムなので、全員が使いこなせるかどうかはわからない。それでも贅沢は言っていられなかった。
              「それから、なんスかこれ?」
              ナメッチが何に使うかわからない装備品を見つけた。
              「それはレーダーね。メガシ屋製じゃない武器を持つ人間や、ミサイルを捕捉できるらしいわ。なんでも、イージス艦の技術を応用したって」
              「イージス艦!?さすが有事対策セットっスね」
              メガばあの技術にナメッチは驚いた。これだけの装備があれば心強い。
              「お〜い!敵を引きつけてきたぞ!」
              その時大河内と作見が石段をのぼってきた。敵もすぐ近くまで来ているらしい。
              「よ、よ〜し、戦術はさっき説明した通りッス。木をうまく利用して隠れながら相手の背後をつく。レーダーを参考に相手が1人になったところは積極的に狙うんスよ!」
              フミエと協議した結果、こちらは人数が少ないのでゲリラ戦法でいくことにナメッチは決めていた。
              「ナメッチ!もっと気合いをいれなさい!これは『黒客』存亡をかけた戦争なんでしょ!?」
              引きつった声で部隊に声をかけるナメッチをフミエが一喝した。
              「お、おう
              それでもナメッチは緊張からか腹から声が出なかった。
              「仕方ないわね。いい!?絶対にこの戦争に勝って、『黒客』を、そして第三小校区を守るのよ!わかった!?」
              「イエッサー!!」
              フミエのかけ声の方が、よっぽど部隊にも気合いが入った。
              「オレの部隊なのに……
              ナメッチが卑屈になってつぶやいたところで、ようやく敵が集まってきたような気配がし始めた。
              「この神社か。森の中は正直危険だが、まあ籠っているのは素人に毛が生えた程度の連中だろう。ここは手分けして、ローラー作戦で敵をあぶり出すぞ」
              フミエのモニターから声が聞こえる。フミエは偵察用にオヤジを放っていた。鹿屋野神社石段下に集まった敵が相談している音声をオヤジが拾ったのだ。
              「よし、散開ッス!」
              「ラジャー!」
              ナメッチの指示により部隊は森の中に散って行った。ナメッチとフミエは境内ウラに隠れ、戦況を見ながら各自に指示を出すことにしていた。丘の頂上にあるそこからは、それぞれの戦況を確認しやすい。
              「じゃあクリアリング開始!」
              モニターからも威勢のいい声がした。敵は全部で5クラブ。それぞれのクラブが鹿屋野神社の丘を囲むように、ゆっくりと森の傾斜に足を踏み入れた。
               
               敵は慎重に周囲を警戒しながらゆっくりと歩を進める。不自然に鳥の飛び立つ音、地面に落ちている枝を踏みしめる音、それを聞き逃すまいという殺伐とした敵方の雰囲気が丘を包んでいた。
               そんな中、『黒客』部隊の中の2人の隊員がその張りつめた緊張の糸を切る。その2人は敵の視界からうまく消えながらなんとか背後に回り込んでいた。しかもその近くまで敵方の1人が見回りにやってきた。2人はチャンスだと思い、十分に距離を詰めてからメガビーを放つ。ところがナメッチの心配した通り、使い慣れていないメガビーは見事に空を切ってしまった。
              「うわっ!!なんだ!てっ、敵発見!!」
              撃たれた敵が必死に叫ぶ。すぐにその仲間が駆け寄った。
              「くそっ、このヤロー!!」
              見つかってしまっては仕方ないと開き直り、『黒客』部隊の2人はごり押しでその敵にメガビーを浴びせた。ひたすらに距離を詰めたおかげでメガビーも命中し、その敵のメガネは破壊したが、その仲間達は2人を囲んで一斉にミサイルで攻撃した。
              「ぐわあ!!」
              『黒客』部隊の2人のメガネも破壊される。モニター越しにその戦況を見たナメッチはがくっとうなだれる。
              「ああっ。せっかく背後に回り込んだのに……
              「メガビーを使いこなせないのは仕方ないとしても、見つかった後の対応の仕方は悪かったわね。目の前の敵1人を倒しても戦局に大差はない。あそこはどうにか木を遮蔽物にして敵のミサイルから逃げることができたわ。そのくらいの状況判断もできないなんて、アンタちゃんと訓練してきたの?もう貴重な戦力を2人も失ったわよ」
              フミエが今の攻防を見てため息をつきながら言った。
              「そんなこと言っても仕方ないじゃないッスか。みんなこれが初めての実戦ッスよ」
              「そうよね……このままじゃこの調子で部隊が壊滅されかねない。悪いのは私たちの作戦だったわ。作戦を変えるわよ」
              フミエは早くも今の作戦に見切りをつけた。何か部隊が地に足つけて戦える方法はないかと思案する。
              「作戦変更って言っても、そんな臨機応変に戦える技量も部隊にはないッスよ」
              「じゃあこうしましょう。私とアンタがおとりになる。当然敵は私たちを囲んでくる。その外側から部隊には攻撃させる」
              「無茶ッスよ!相手は直進君や追跡君を装備してるんスよ!オレっちらが蜂の巣になるッスよ!」
              「だからまわりを木に囲まれている場所を選ぶの。それで360度からの攻撃はなくなる。鉄壁をうまく利用すれば、もっと相手の攻撃範囲は狭くなる。天叢雲剣は火炎を使って遠距離攻撃もできるし、近づいてきた敵はそのまま斬る。アンタもメガビー以外に何か武器を持ってるんでしょ?」
              「一応ショットガンとハンドガンを一挺ずつ持ってるけど」
              「なら十分ね。耐性を高めるメタタグもあるし、私とアンタならやれる。アンタは『黒客』で一番射撃がうまいんでしょ?」
              「なんでそんなことまで知ってるんスか?」
              ナメッチの言葉にフミエは1つ息をついて答えた。
              「さっきも言ったでしょう。私はダイチを筆頭とする『黒客』を倒してやりたいの。そのためにアンタ達の戦いぶりを研究してたってわけ。オヤジを戦場に潜り込ませたりしてね」「そうだったんスか」
              ナメッチはフミエがそこまでしているとは思いもしなかった。フミエは『黒客』の活動にいつもいちゃもんをつけていたので、相当自分たちを嫌っているのだと思っていた。
              「アンタは油断も隙もないダイチやガチャギリと違って安心して背中を預けられる。アンタも私を信用できるなら、背中を私に預けなさい。ただし、この戦いに勝つということは、ダイチのメガネがもう1度壊れるということを意味している。どっちがダイチのためか、よく考えることね」
              フミエはこの戦いに勝ち、ダイチを復活させたところでコテンパンにしようと考えている。しかしその言葉にナメッチは、この戦いは自分たちの力でどうにかなるんじゃないか、という希望にも似た思いを抱いた。
              ……オレっちのオヤビンは、そんな甘くはないッスよ」
              ナメッチの言葉にフミエは軽く微笑んだ。
              「決まりね。じゃあ、作戦の概要を部隊にも伝えて」
               
               一方、鹿屋野神社の森をローラー式にクリアリングしている黒客包囲網は、さきほどから相手の攻撃がこないことにいぶかしんでいた。
              「おかしいぞ。ヤツらは境内にでも潜伏しているのか?」
              そうやって各クラブのリーダー同士が集まって相談をしていた時だった。
              「敵発見!増援をよこせ!」
              すぐ近くの斜面で声が上がった。リーダー達が駆け寄ったそこには、フミエとナメッチが背中を合わせて構えている姿があった。
              「バカめ、こんな敵軍の真ん中へ飛び込むなんて!やっちまえ!」
              黒客包囲網の各クラブは、2人は文字通り包囲して銃撃を開始した。
              「さあ!行くわよ!」
              フミエは天叢雲剣で飛んでくる弾丸をなぎ払い、その隙を見て敵の真ん中に向かって大きくその場で剣を振り下ろす。すると天叢雲剣に宿っていた火炎が森を焼き尽くすかのごとく、そしてまるで紅い津波のように敵勢力に襲いかかった。
              「わあ!なんだあの剣は!?」
              その攻撃で敵勢力は大きく退いた。電脳の炎は木には燃え移ることはなく、次第に勢いは衰える。その引いた相手にさらなる攻撃をするため、フミエはもっと前に出ようとした。
              「ナメッチ、こっちはうまくいった。このまま進むわよ」
              ナメッチはこの間、鉄壁を使って背後からの銃撃を防いでいた。
              「了解ッス!」
              フミエは11歩慎重に前へ進む。ナメッチも後ろを向き背中でフミエの気配を感じながら歩を進める。その時木の陰から飛び出してくる敵を、ナメッチはすかさず捉えそこにショットガンを撃ちこんだ。おかげで2人の背後にいる敵も身動きがとれなかった。
              「なにをたった2人を相手に苦戦している!広がれ!あの剣使いの側面から攻撃するんだ!」
              敵リーダーの1人が指示をだして、敵勢力は横に広がった。言い換えればラインに厚みがなくなったということだった。
              「それ!今よ!」
              その様子を見ていたフミエがしめたと思い声を上げる。すると今度は、この騒ぎの間に敵勢力のラインの背後に回り込んでいた直属部隊がメガビーを一斉掃射した。
              「まずい!挟撃だ!」
              敵は混乱し、ラインは左右に割れた。そのそれぞれに対し、フミエとナメッチがさらなる攻撃を加える。
              「なにテンパってるんだ!相手をよく見ろ、あれだけの少人数しかいないんだぞ。落ち着いて対処すれば片付く。おい、『焔』『K3』!背後のザコを一掃しろ!」
              「了解!」
              相手もさすがに慣れたものですぐに対策を打ち出し、陣形を整えた。やはり奇襲が通用するのはここまでかと思ったが、こうなった以上後に退くこともできない。ナメッチとフミエは部隊を信じて目の前の敵を倒すことだけに集中した。
               
               そこから幾許かの時が過ぎた。激しい攻防の果て、未だにその足で立って戦っているのはほんの数人になっていた。『黒客』直属部隊は壊滅。しかし、相手となった『焔』『K3』も同時に壊滅、相討ちという形だった。直属部隊は初実戦で立派に役目を果たしたのだ。
               そして、『黒客』の最後の砦、ナメッチと助っ人のフミエは、今にも壊れそうなメガネでまだ奮闘していた。相手の激しい攻撃のど真ん中に身をさらしながらも、ナメッチは最後まで諦めずに歯をくいしばる。フミエも、ダイチをその手で倒すという尋常じゃない思いだけを抱えて、ここまで相手をなぎ払ってきた。奇跡的に敵勢力をほとんどを壊滅状態にまで追い込んだが、最後には『ウイングス』『プログレス』『GTCクラブ』のリーダー3人が立ちふさがっていた。
              「これで消えろや!」
              敵の撃ったミサイルの1つがナメッチに直撃する。メガネは激しく明滅を繰り返しているが、かろうじて耐えた。
              「ナメッチ?もう耐性アップのメタタグが切れたんじゃない?」
              フミエが心配そうに訊ねる。
              「ああ、もうないッスね。フミエも、もうなくなったんじゃないッスか?」
              「そうね。私もこれでおしまい。次の攻撃を耐えられるかどうかもわからない」
              フミエが最後のメタタグを体に貼る。フミエのメガネもナメッチと同じく明滅を繰り返し、黒い煙すら上がっていた。こうなってくると耐性を高めるメタタグなど気休めにしか過ぎない。
              「長かったが、今度こそしまいにするぞ!」
              この2人の粘りに辟易したように『プログレス』リーダーが言った。そして、とどめのミサイルを敵リーダー3人が放った。
              「もう、壁もないし、足も動かないッス」
              ナメッチはその飛来するミサイルを直視しながら走馬灯のようなものを見ていた。クラブ名決めで採用されなかった自分のアイデア、最初は戦闘を嫌がっていた自分、ダイチ達に引っ張られて無理矢理特訓に参加させられた自分。結成時にはほとんどいい思い出なんてなかった『黒客』だが、しかし戦闘を乗り越えていきながら、ナメッチは内側に秘めるガッツを成長させていた。絶対不利の今回の戦争でここまで戦えたのもそのおかげ。いや、『黒客』を終わらせるわけにはいかないというその思いがもっとも強いのかもしれないとナメッチは思った。そう思えるくらい、『黒客』はなんだかんだで楽しかった。でも、その『黒客』も今目の前まで飛んで来ているミサイルが直撃したところで終わるんだなと思った。せめて『黒客』の最後は目を見開いていないといけない、そう思いつつもナメッチは恐怖で目を閉じてしまう。その次の瞬間、ミサイルの爆発音が聞こえた。
               衝撃はない。だから目を開けないと終わりを実感することはできない。それも恐ろしかったが、結局最後は目を閉じてしまった自分の恥が大きかった。ナメッチはゆっくりと目を開ける。ところが眼前には、鉄壁が立ちはだかっていた。
              ……ああ、なんとか間に合ったな」
              激しい息づかいにかすれたその声のする方を、ナメッチは見やった。
              「オ、オヤビン!」
              「ダイチ!?」
              ナメッチとフミエの声が重なった。ナメッチは今気付いたが、フミエの目の前にも鉄壁が広がっていた。そしてそれらの鉄壁を投げたのはダイチだとナメッチは直感した。
              「アンタ!そのメガネどうしたの!?壊れたんじゃなかったの!?」
              ナメッチが訊ねるより先にフミエが訊ねた。
              「これはデンパのメガネだ。あの後電話してすぐに来てもらった。どうにかナメッチに加勢しないといけないと思ってな。鉄壁もデンパに護身用に持たせていたヤツだ。オレとガチャのメガネはボロッボロに壊されたけどな」
              ダイチはあの一瞬で鉄壁を投げてナメッチとフミエを救った。こともなげにやっているが、これもとんでもない技術がないとできる芸当ではない。
              「よくここがわかったわね?」
              「敵の大軍から勝機を見いだすとしたらここしかないって、ガチャが。まあ、なんでここにフミエがいるのかはあえて聞かないことにする。それより今武器がねえんだ。フミエ、メガビー持ってないか?」
              10秒分しかないけど」
              10秒あれば十分だ。オレにくれ」
              フミエはポシェットから最後のメタタグを取り出すと、ダイチに向かって投げた。メタタグは直接ダイチの体に貼り付き染み込んでいった。
              「さて、よくもさっきはやってくれたな。もうお前らのことは許さんぞ」
              ダイチは敵をにらみつけた。
              「性懲りもなくまたやられに来るとはな。どうせそっちの2人はあと1発でメガネ壊れるんだ。お前の友達のそのメガネも一緒に破壊してやるよ」
              敵リーダー達が不敵に笑った。
              「ふーん。そんな余裕こいてていいのかね?オレの頼もしい仲間が、お前らの背後にいるんだがな」
              「なにっ!?」
              「よう!」
              敵リーダー3人が振り返るとそこにはガチャギリがいた。ガチャギリも破壊されていないメガネをかけて、ポケットに両手を入れて突っ立っていた。
              「お前も友達のメガネを借りたのか?」
              「え?あんなぬるい攻撃で壊れるようなヤワなメガネじゃないんだが」
              ガチャギリが笑ってかけているメガネの位置を直しながら言う。
              「なんだと!?この死にぞこないが!」
              敵のうち1人がガチャギリのメガネにミサイルを撃ち込んだ。しかしガチャギリのメガネはどこにも傷が無くピンピンしている。
              「な、なんだ。その無敵メガネは!?」
              撃った本人はうろたえた。
              「ハハッ。いいなそれ。『無敵メガネ』、税込み294円。全国のコンビニエンスストアで絶賛発売中」
              「な、なんだと!?じゃあそのメガネは!」
              「バカだろお前。おいダイチ。時間稼ぎはこんなもんでいいか?」
              ガチャギリがダイチの方を見て訊ねた。
              「ああ。おかげで天叢雲剣のエネルギーは最大までたまったようだぜ」
              フミエが持っている天叢雲剣には、炎の渦巻くように宿っていた。
              「じゃあ、そろそろ決着をつけますか!いくぞ、ナメッチ、フミエ!」
              「いいッスよ!」
              「カモン!」
              ダイチがメガビーを、ナメッチがショットガンを、フミエが天叢雲剣を構える。
              2度と、うちの校区に入って来るんじゃ、ねええええええええ!!」
              ダイチの雄叫びと、敵リーダー達の悲鳴が重なり合った。
               
               夕暮れの鹿屋野神社。ダイチ達は敵軍から余った装備品や持っていたメタバグを集めて確認していた。
              「どうするんスかこれ。まずメガばあに代金を払わないといけないんスけど」
              ナメッチが訊ねる。そこには割と多くの戦利品が集まっていた。
              「いや。まずは直属部隊のメガネの修理代。それにオレとガチャのメガネの修理代にあてる。『黒客』を続けられるだけの状態にしておいて、メガばあからの借りは今後の活動で少しずつ返していく」
              「そうスか」
              ダイチの言葉にナメッチはうなずいた。またこの資金で、『黒客』は続けられる。そう思い、心の底から安堵した。
              「よく頑張ったな、ナメッチ。それに部隊のみんなも。お前達の活躍がなければ今日は『黒客』の命日になっていた。恩に着る」
              「ビッグボスにほめられたぞ!」
              部隊は役に立ててよかったと言う喜びに満ちていた。しかしダイチは、自分たちのためにこれだけの人間が犠牲を被るような今回のことは避けないといけないなと思った。やはり、『黒客』は元のメンバーでいいと思った。
              「じゃあ、私は帰るわね」
              フミエはそれを確認した後、鹿屋野神社を後にしようとした。
              「フミエ!」
              ダイチがそれを呼び止める。フミエは立ち止まって振り返った。
              「なに?」
              「いや、あえて今回の件で礼は言わねえ。まあ、メガばあに武器提供を頼んでくれたことは感謝してる。でも、戦闘に参加したのはお前の勝手だ。お前のメガネが破壊一歩手前までいったとしても、オレたちに責任はねえからな」
              「その通りね。別に私も謝ってもらおうとは思っていない。言いたいのはそれだけ?」
              フミエがダイチの目を見て、ダイチはうつむいた。そして何か言葉を探しているようだった。
              「お前が『黒客』を救った理由は聞かなくてもなんとなくわかる。だからオレも、感謝の意味を込めてこう言わせてもらう」
              「なんて?」
              ダイチはひと呼吸おいて顔を上げた。
              「かかってこい」
               
               その夜の「大黒市賢人会議」。
              (メ)はい。大誤算。まさか『黒客』が勝つなんてね
              W)おかげで我々は大赤字と
              (満)しかも『黒客』を支援したのがあのメガシ屋だったとは。気を抜いていた
              (メ)なんでもいいよ。これで運営資金もなくなった。大黒屋カルテルは今日を持って解散と
              W)仕方ないな
              (満)すまないな。負けたのは弟のシンヤのミスだったかもしれん
              (メ)(W)役立たず!!

              (終わり)

               
               さて、『黒客戦記』の次週予告をしておきます。
               この戦いを境に電脳戦争は変わった。大黒市はまさに弱肉強食の真の争乱状態に突入したのだ。本当に力を持つクラブのみしか生き残れない厳しい世界。そこで『黒客』はついに最強の相手とまみえることになる。生き残るのは果たしてどちらのクラブか。
              次回「永遠の好敵手」お楽しみに。
              『大黒市黒客クラブ戦記』 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |

              『大黒市黒客クラブ戦記』 episode 13

              2010.06.04 Friday 22:52
              0
                 
                 さて、今日は『黒客戦記』の「大黒黒客包囲網」のお話の3回目です。
                 前回までのあらすじ。大黒市で活躍していた『黒客』だったが、同時に各方面からの恨みを買っていた。それが仇となり、ダイチとガチャギリは敵の罠にかかってメガネが破壊される。残されたのはナメッチと、新しく編成した実戦経験のない黒客護衛のための直属部隊。果たしてリーダー不在の中、彼らはどのように巨大勢力と立ち向かうのか。


                 episode 13 「四面楚歌!大黒黒客包囲網!! 3/4」

                 よく晴れ渡った日曜日の午後。ナメッチは第三小校区内のとある公園で『黒客』直属部隊の訓練をしていた。メタバグ狩りに出かけたダイチ達の帰りを待ちつつ、ナメッチは直属部隊をすぐにでも戦闘に出せるくらいに仕上げないといけないと思い、訓練の指導に邁進する。その時ナメッチのメガネ電話が着信した。誰だろうと思いナメッチはウインドウを見る。
                「公衆電話?今時?」
                ナメッチはその表示をいぶかしげに見た。このご時世、公衆電話など探す方が苦労する。
                誰だかわからなくて気味が悪いが、しかし出ないわけにはいかない。
                「ちょっと待ってて」
                ナメッチは訓練を一時中断して電話を取ることにした。
                「もしもし?誰っスか?」
                ……ナメ……ッチ。オレ……だ」
                かすかに聞こえて来る声は明らかに力がない。しかしずっと一緒に過ごしてきた仲であるナメッチにはそれが誰の声なのかはっきりとわかった。
                「も、もしかしてオヤビン!?どうしたんスか!?なんで公衆電話から!?」
                「ううっ。メガネが、メガネがやられた」
                「ええっ!?それは本当ッスか?」
                ナメッチは信じられないという様子で返す。
                「死は……まだか?」
                「フへっ!?」
                次に聞こえてきたのはガチャギリの声だった。
                「バカ言うな!まだかろうじてオレたちのメガネは生きてる!死に急ぐな!」
                ダイチがガチャギリに言い聞かせているようだった。
                「オヤビン!誰にやられたんスか!?」
                ナメッチは落ち着こうとつとめた。『黒客』のトップ2がやられたということは、現在『黒客』の指揮権を持つのは自分である。直属部隊の前で慌てる素振りは見せられなかったが、やはり生来のものなのか、こんな状況で平静でいられることはできなかった。
                「『ウイングス』『プログレス』『GTCクラブ』。そして、『焔』『K3』」
                「ちょっと待ってほしいッス!なんでその南の強豪クラブが復活してんスか!?それに『焔』と『K3』は仲間じゃなかったんスか!?」
                「アイツらには裏切られた。南の強豪3クラブも、先月の南北戦でオレたちがフルボッコにしたのを恨みに思い、オレたちを倒すためだけに復活した」
                「そんな……
                ナメッチは言葉を失った。いくらなんでも敵が多すぎる。
                「ヤツらたった今、『黒客』の残る構成員であるお前と、オレたちが組織した直属部隊も消すためにそっちに向かった」
                「い、今っスか!?」
                時間が無さ過ぎると、ナメッチは下唇を噛む。直属部隊はまだ実戦にも出したことがないし、実戦に通用するレベルに仕上がっているかもわからない。それに人数でも負けている。
                「気をつけろナメッチ。ヤツら、装備品は死ぬほど充実している。逃げ回るとか考えても仕方ねえ。アイツらのメガネをつぶすしかない」
                電話口に出たガチャギリがナメッチに警告する。
                「ムリっすよそんなの!!部隊の装備品は充実しているとは言えないし、人数でも実力でも負けてるんスよ!しかも2人がいなくてどう戦えって言うんスか!?」
                「よく聞けナメッチ。今までの戦いを思い出すんだ。オレたちと一緒に戦って来て、戦い方は体で覚えたはずだ。敵は所詮寄せ集め。オレたちは敵の間合いに入ってしまってやられたが、自分たちの間合いに入れば勝機はある。そこにいるのは『黒客』の夢について来てくれた頼もしい野郎どもじゃないか。仲間を、そして、自分を信じろナメッチ。オレたち『黒客』の最後の希望の星……
                ダイチの言葉の途中で電話は切れてしまった。
                「隊長!何かありましたか?」
                ナメッチの様子を見ていた隊員達が訊ねる。隊員達も何か悪いことが起こっているのだろうということは想像がついていた。
                「みんな。落ち着いて聞いてほしいッス。たった今、オヤビン達がやられた」
                「ビッグボスが!?」
                隊員達に動揺が走る。ダイチは直属部隊の中ではビッグボスと呼ばれてリスペクとされていた。ダイチのようにメガネが使えるようになりたいという理由で入隊した者も多い。
                「オヤビン達は今日、メタバグ狩りに行っていたんスが、どうやら罠があったみたいッス。そのオヤビンを倒した連中は、大挙して今からオレッチらを倒しにくるみたいッス」
                「なんだって!?」
                ここでよし迎え撃とうという機運にはならない。ほとんどが実戦が初めてで、まずメガネを壊される不安の方が大きかった。そしてその様子を悟ったナメッチは意を決した。
                「みんな!ここでオレッチらがやられるということは、『黒客』の消滅を意味するッス!第三小の校区はよそのクラブに蹂躙され、メタバグはほとんど持っていかれる。オレッチらは、もうメガネをかけて外を出ることさえ叶わなくなるかもしれないんス!」
                「それはイヤだ!そうなるくらいなら、ここでメガネを壊されて散った方がマシだ!」
                隊員の誰かが言った。
                「その通りッス。そして、オレッチらはオヤビン達の仇を取るためにも、そいつらを許してはおけないッス!」
                「そうだ!ビッグボスのためにも、オレたちはそいつらをぶちのめす!」
                なんとか士気は上がったようだが、部隊には決定的に欠けているものがあった。
                「隊長!迎え撃つのはいいが、今部隊には満足な装備品がない。このままでは死にに行くようなものだ!」
                副隊長、大河内がナメッチに言った。
                「わかってるッス。しかし今は武器を揃えるお金もないし……仕方ないッスね。あそこに頼むしかないッス!」
                「は?あそこというのは?」
                大河内がいぶかしげに訊き返した。
                「メガシ屋っスよ!第三小の校区内を荒らされるという点で都合が悪いのはオレたちと同じっス。ちょっとオレ、交渉に行って来るッス!」
                「なるほど、お供する!」
                ナメッチはついて行こうとする大河内を手で制した。
                1人で大丈夫ッス。それより、部隊が1箇所に固まってるのはまずいッス。大河内と作見は、とりあえず部隊を2手にわけて校区内を巡回してほしいッス。もちろん、敵には見つからないように。その間にオレッチは武器を確保して、迎え撃つポイントを設定するッス。オレっちから連絡があったら、部隊を連れてその場所へ」
                「ラジャー!じゃあ、待っている」
                「幸運を!」
                ナメッチは大河内に言い聞かせて、単身ここも一応敵の総帥のいるメガシ屋に向かった。
                 
                 メガシ屋にはヒマを持て余していたフミエがいた。メガばあと2人で世間話に花を咲かせている。ナメッチはその2人のいる店先へ駆け込んだ。
                「ナメッチ?なにしてんの?」
                息を切らしているナメッチにフミエがいぶかしげに訊ねる。
                「緊急事態だから、詳しい事情を話している時間はないッス!」
                「緊急事態って、またなんかやらかしたんじゃないでしょうね?最近アンタ達、学校でおとなしくしているのは結構なんだけど、その代わり直属部隊なんてのを組織してるらしいじゃない。私も1回見たけど、ダイチなんてあのちっさい体で“ビッグボス”なんて言われてふんぞり返ってるし。イタイったらありゃしない」
                フミエの小言を無視して、ナメッチはメガばあの方を見た。
                「メガばあ、一生のお願いッス。オレっちらに武器装備を提供してください!今はお金はないッスけど、絶対後日返しますから!」
                「おいこら、無視すな。それに何そのお願い?ここを消費者金融か何かと勘違いしてんの?」
                深々とメガばあに頭を下げるナメッチに、フミエが問いかけた。
                「まったく。どんな願いをするにも、まずは事情を話すのが筋というものじゃろう。言うてみ?」
                メガばあも一応ナメッチの話を聞くことにした。仕方ないのでナメッチは手短かにダイチ達がやられてしまったこと、そして今から大軍が押し寄せて来ること、そして装備品が揃っていなくて、揃える資金もないことを説明した。
                「アンタねえ、それ自業自得の極みじゃない。虫が良すぎよ」
                「フミちゃんの言う通りじゃ。電脳戦争なんぞに手を染めている以上、敗戦も受け入れなければならん。たとえ相手が理不尽な手を使ってきてもな。諦めることじゃな」
                フミエもメガばあも素っ気なく返した。ナメッチもそう言われることはわかっていた。しかしダイチ達の期待に応えるためにはここで食い下がるしかなかった。
                「メガシ屋だって、第三小のテリトリーがよそのクラブに蹂躙されるのは好ましくないはずッス。このままではこの辺りのメタバグはほとんどよそに持ってかれるんスよ!」
                「はあ。お主な、いつもこっちの足元を見てくるようじゃが、そんな理由ではもう協力なんかせんぞ。こっちも前の天叢雲剣の一件以来、フミちゃんには積極的にメタバグを拾ってきてもろうて備蓄はあるんじゃ。お主らが同じ理由でまた泣きついて来るかもしれんと思うての」
                「まあ、そういうことね。悔しかったらここで1回フルボッコにされて、一から自分たちで復活するのね」
                ナメッチの交渉の手札も今回は通用しなかった。ナメッチはもうなだれるしかなかった。
                「ムリっすよ。オレっち達には敵が多過ぎる。たとえ復活しても、また今回みたいに大軍で攻められて終わりッス。もともと大黒で一番になる夢なんて、儚いもんだったんス」
                「情けない男ね。アンタらに敵が多いのも自業自得でしょ?そいつらを見返すっていうことも頭に浮かばないわけ?」
                「そうじゃないッス。確かにこれまでの戦争で色んな恨みを買ってきたのは認めるッス。でも、何かがおかしいんスよ。なにか、大黒全体がオレっちらの敵みたいな、そんな感じがするんス」
                ナメッチは必死に訴えた。大した理由もなく自分たちを襲ってくるクラブもあれば、今まで仲良くしてきた『焔』『K3』もいきなり『黒客』を裏切った。何か得体の知れない力が働いているのは、ナメッチも感じていることだった。
                ……まあ、被害妄想じゃな。それを理由でお主らが解散するというのも、お主らなりの答えなんじゃろう。勝手にすればええ」
                メガばあは何か考えている素振りを見せたが、結局は協力することを認めなかった。
                「はあ。そうッスか……わかったッス。邪魔したッスね」
                ナメッチはそう言うと、とぼとぼとメガシ屋を後にしようとした。直属部隊にはどう言えばいいか、ダイチにはどのつら下げて会えばいいか、ナメッチの頭の中はそんなことでいっぱいだった。
                「待ちなさい。アンタ、もう1回聞くわ。これに懲りてアンタ達は、『黒客』をやめるのね?」
                ナメッチの後ろ姿に声をかけたフミエは、いつのまにか店先まで出て来ていた。
                「復活するにも、金もメタバグもない。仮に復活できても、すぐに潰される。『黒客』は現実的に続けられないッスよ」
                フミエはその言葉を聞いて深いため息をついた。
                「はあ。アンタってば本当に情けない男ね。仕方ないわ。今から攻めてくるっていう大軍、私が追っ払ってやるわ」
                「へっ!?」
                フミエからとびだした思わぬ言葉にナメッチは目を丸くした。
                「あれだけ周りに迷惑をかけてくれた『黒客』が、よそのクラブに潰されて解散するなんてあり得ない。『黒客』、そしてダイチに引導を渡すのはワタシってことになってるんだから!」
                「フミちゃん?」
                その言葉をメガばあも驚きの表情で聞いていた。
                「そりゃ、この緊急事態だからフミエが助っ人に来てくれるのはありがたいッスけど、だけど総合力では叶わないんスよ!」
                ナメッチがフミエが正気かどうか確認するように訊ねた。
                「わかってるわ!だからお願いメガばあ!あれを私に貸して!それにできれば、アイツの言うように武器装備を提供してやって」
                「う、うーむ」
                メガばあはかなり考え込んでいるようだった。フミエの願いには応えてやりたいという気持ちもあったが、別の理由もあった。
                「お主。確認するが、お主らがこれだけ攻められている理由に身に覚えはないということじゃな?今回は1度潰したクラブまでも、充実した武器装備をもって復活したとな?」
                「その通りッス。絶対ウラでオレっちらをつけねらう勢力があって、そこが糸を引いていることは間違いないッス!」
                「そうか……
                「何に引っかかってるの?」
                何かを沈思黙考するメガばあをフミエはいぶかしんだ。
                「まあ、似たような話を聞いたことがあってな。もしかするとこのウラには、ワシの商売敵が絡んでおるのかもしれん」
                「商売敵?」
                フミエとナメッチは顔を見合わせる。その言葉の意味するところは2人にはわからなかった。しかしメガばあは長くメガシ屋を営んでいることもあって、大黒電脳戦争界を覆う黒い闇についても、少なからず存在を掴んでいた。
                「仕方ないの。ワシもその勢力にささやかな抵抗をしてみようかい。わかった。フミちゃんにはあれを、ナメッチ達には武器装備を提供してやるわい。ただし、絶対に代金は返してもらうぞ。その時は多少イロをつけてもらうがな。たとえお主らが負けたとしても、地の果てまで取り立て行くからの」
                「ありがとうメガばあ!」
                「マジっスか!?か、感謝するッスメガばあ!ところで、フミエの言うあれってなんスか?」
                ナメッチが訊ねると、メガばあは店の奥から見たことのあるものを取り出して来た。
                「ほい、フミちゃん」
                「メ、メガばあそれ、もしかして、天叢雲剣っスか!?」
                フミエが満足げに腰にさしたのは、かつてダイチが『TSUJIGIRI』を斬った天下無双の剣だった。
                「そう。あれからメガばあの訓練を受けて、私も使いこなせるようになったの」
                「何のためにそんなこと?」
                ナメッチの言葉でフミエが不敵に笑った。
                「ダイチを斬るために決まってるじゃない」
                「ええっ!?」
                「でも今回は、私がダイチを斬るのを邪魔する連中を斬る。ダイチにはどうしても復活してもらわないといけないから」
                果たしてフミエに加勢してもらって良かったのだろうかとナメッチは不安に思った。しかしこうなった以上フミエを止めることはできなかった。
                「ほれナメッチ。これがメガシ屋で一番高い商品、有事対策セットじゃ。値段は3億円じゃからな。絶対に払うんじゃぞ!」
                メガばあはサンタクロースが持っているような大きな電脳袋をナメッチに渡した。そして中に入っている装備の目録も渡した。
                「よし!じゃあメガばあ!行ってくる!」
                「くれぐれも気をつけるんじゃぞ!」
                メガばあに見送られてナメッチとフミエは店を飛び出した。
                「で、どこで迎え撃つって?」
                「まだ決めてないッス!部隊には今、校区内を動き回って相手を捜すのと同時にかく乱してもらってるッス!」
                それを聞いてフミエどこがいいか考え込んだ。やはり迎え撃つには、自分たちが走り回るのに慣れている場所がいい。
                「それならあそこしかないわね」
                「あそこって?」
                「鹿屋野神社の森よ。木が遮蔽物になって、大勢で攻めるにくく、こっちは守りやすい。早く部隊をそこに集めて!」
                「わ、わかったッス!」
                ナメッチは部隊に連絡を取りながらフミエと鹿屋野神社に向かった。『黒客』存続を賭けた戦いが、今、始まろうとしていた。

                (続く)
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                『大黒市黒客クラブ戦記』 episode 12

                2010.05.28 Friday 22:47
                0
                   
                   最近文庫で複数巻ある小説を読んでいまして、その1巻が面白かったので続きを読もうと思って残りの巻を買いに本屋に行ったんですけど、帯に先の展開の軽いネタバレが書かれているのが見えて、ちょっとがっかりしました。基本的に、ゲームとかでも僕は予備知識一切抜きで物語に集中したいタイプなので、そういうの、ちょっといらないんじゃね?って思ってしまいます。

                   関係ないですね。それでは『黒客戦記』の続きをどうぞ。

                   
                   episode 12 「四面楚歌!大黒黒客包囲網!! 2/4」

                  『黒客』が南部5クラブの連合を破った後、再び「大黒市賢人会議」では『黒客』の話題がのぼっていた。
                  W」今日の議題。南部5クラブ連合が、『黒客』とその同盟にフルボッコにされた件について
                  「メ」計算違いにもほどがあるだろ。様子見だったとはいえ、あの人数差をもろともしないなんて
                  「満」答えは出たな。『黒客』を中心に北のクラブに結束されると、南のクラブには勝ち目がない。『黒客』は第二小のならず者集団、『TSUJIGIRI』とも仲がいいみたいだし、この2クラブに組まれると厄介だ
                  W」そうなると『黒客』を本気でつぶしに行くしかなさそうだな。これまで北と南では、南の方が総合的に見て実力が上回っていた。その勢力図を『黒客』は塗り替えてしまった
                  「メ」大した連中だよ。北のクラブのテリトリーは、以前なら南のクラブによく侵攻されていたものだ。しかし『黒客』の存在が今は北にとっての砦となっている。『黒客』がつぶれれば、北は瓦解する
                  「満」そうなると南のクラブによる北のテリトリー侵攻は加速する。北クラブのテリトリーを巡って、南のクラブ同士でも争いが起きるかもしれない
                  W」『黒客』の大黒制覇よりは良いシナリオだな。メタバグがなくなってしまう前に一波乱起こすとしたらそこか
                  「メ」しかし聞いた話によると、『黒客』は自分たちの直属の部隊を組織しているそうじゃないか。その『黒客』を倒せるのか?
                  「満」この前送ったクラブは、どれも弱小だった。もっと実力のあるクラブを派遣すれば、問題なく勝てる
                  W」実力のあるクラブと言っても、先月の南北戦で『ウイングス』も『プログレス』も『GTCクラブ』も壊滅してしまったからな。あの孔明だってあれ以来表舞台から姿を消した。南にはあまり良い人材が残っていないようだが
                  「満」先月に壊滅させられたそのクラブに力を与えればいいだけの話だ。『黒客』への復讐心で、その士気も高まる
                  「メ」なるほど。ここで大黒屋の登場か。それらのクラブに格安で武器を売って、この情勢を一気に変えるのか
                  W」仕方のないところだな。『黒客』が勝ち続けると、大黒市から電脳戦争は減って行く。我々が打つべき手段は、もうこれしかないか
                  「満」ああ。おそらく大黒屋としての最後の取引になるだろう。この戦いで『黒客』を叩きつぶして、大黒市に最後の戦争状態を作り出す
                  W」それに異存はない。でも勝利を確実にするために、『黒客』と北側のクラブとを切り離しておきたい。今回も『黒客』と同盟した『焔』や『K3』は、『黒客』のおかげでかなりあなどれない戦力になってきている
                  「メ」その通りだ。『黒客』を包囲する形をとらないと、南からの攻撃だけではヤツらは動じない
                  「満」『黒客包囲網』か。果たしてできるのか?北側のクラブにとってみれば、『黒客』は最後の砦。『黒客』の敗北は、自分たちの生存の危機と直結するんだぞ
                  「メ」その辺はうまく言いくるめたらいいんだよ
                  W」そうだ。そのために電脳クラブ界において顔の広い、満天堂の弟を今回の総大将に据えるのはどうだ?
                  「満」シンヤを使うのか?シンヤは情報屋だ。戦争に直接介入するのはまずい
                  「メ」戦闘指揮はとらなくていいんだ。うまいこと北のクラブとコンタクトをとって、『黒客』から離反させればいい
                  W」今回の戦いの趨勢を決める重要な役割だ。弟に是非頼んでもらいたい
                  「満」わかった。弟には言っておく。大黒屋の運営に関してはそっちに任せる。では、我々に勝利を
                  「メ」「W」我々に勝利を
                   
                   大人数で攻め込まれたにも関わらず、それをあしらうように一蹴した『黒客』だったが、その勝利に酔ってはいなかった。
                  「あの南部連合が口ほどにもなかったのが、オレは逆に引っかかっている。これまで潰されてきた『ウイングス』や『プログレス』も、あの程度の攻撃くらいなら軽く耐えられたはずだ。連合のバックにいる勢力は、多分これからさらなる攻撃を仕掛けてくるだろう」
                  ガチャギリはさきの戦いを不安に思っていた。
                  「そうだな。そもそも、連合のバックにある勢力ってのは何なんだ?それを倒さない限り、この攻撃はこれからも続くってことだろ。防衛戦は金にならないんだ。ずっと勝ち続けることなんてできない」
                  この間の戦いで攻めて来た南部連合のクラブは、特に第三小のテリトリーに対する執着心も、『黒客』への私怨もない様子だった。なぜ彼らが攻めてきたのか、それは誰かに煽られたとしか考えられなかった。それを煽った勢力をつぶさない限り、大黒市に無数に電脳クラブが存在している限り、この『黒客』攻めは続くということだった。
                  「しかし、そのバックにある勢力について何もわからない。情報屋にも当たっているが、該当データなしだ。攻めてくる当の本人達にも、それが誰の意志なのかもわからないようだしな。これは、長い戦いになるぞ」
                  ガチャギリの言葉に、メンバーはため息をついた。第三小校区内にはめぼしいメタバグの鉱脈もないので、連続で攻められると苦しくなってくる。開き直るなら他校の校区に侵攻して鉱脈を奪い取るという手段も考えられるが、よそのテリトリーが戦場になる分、侵攻戦は防衛戦よりはるかに難しい。その手段を選ぶのは大きな賭けだった。
                  「見えない敵からの攻撃。それに対して守るしかできないっていうのか……これほどまでにもどかしい思いをするとは。長く大黒市で覇者が現れなかったのもわかる気がするな」
                  ダイチがいら立ちを隠せない様子でつぶやいた。かつてヤマトが天下を取った時は、爆発性のメタバグが枯渇しているという特殊な状況だった。そのため電脳戦争界の武器の主流は剣となり、いちはやく電脳剣術を大成したヤマトが頂点を極めた。弾丸や炸薬の量が戦争の趨勢を大きく左右する現在の飛び道具全盛の時代では、いくら実力を磨いたとて限界というものがある。大人数で囲まれるとどうしようもないというのが現実だ。だから『黒客』は直属の部隊を組織したわけだが、今度はそれに伴う出費がバカにならなくなってきた。
                  「攻めるしかないな。攻められてつぶされるのを待つくらいなら、攻めて散った方が男らしい。直属部隊の維持費もある。どこか大きな鉱脈を切り取りにいくか?」
                  ガチャギリが重苦しい空気を振り払うように、軽いノリで提案した。
                  「本気で言ってるのか?攻めて失敗したところに、また大人数で攻めてこられるとゲームオーバーだぞ。二次攻撃もあることがわかっていて、今度はどんな実力のあるクラブが来るかもわかんねえのに、それは危険すぎるぞ」
                  止めたのはダイチだった。普段は攻撃志向のダイチを、ガチャギリが細かい計算でそれを諭すというのが『黒客』のパターンだったが、今回は逆だった。言い換えれば、『黒客』が生き残るには、攻めるしか道がないという判断をガチャギリが計算ではじき出したということになる。
                  「本気だ。このまま待っていても寿命が延びるだけのことだ。だったら生き残る術を探した方が賢い選択だと思うが?」
                  ……お前がそう言うのなら、そうなのかもな。わかった。どこを攻めれば一番効率的だ?」
                  「オヤビン!」
                  攻めるという決心を固めたダイチを、ナメッチは止めようとした。直属部隊の訓練もまだまだ足りないところで、いきなり侵攻戦は難しいんじゃないかという判断だった。
                  「大丈夫だ。直属部隊はまだ出撃させない。アイツらはオレたちが攻められた時まで温存する。いつものように『焔』と『K3』との同盟で事は足りる」
                  ダイチが自信ありげに言い聞かせる。この戦いでメタバグの鉱脈が確保できれば、直属部隊の装備品の質も上がり、近いうちに実戦に投入できるだろうという判断だった。
                  「情報屋から仕入れた情報によると、今一番めぼしい鉱脈は、大黒駅向こうにある変電所の南、宝生寺公園にあるらしい」
                  「宝生寺公園……南のクラブの補給基地とも呼べる場所だな。危険だが、行くしかねえか」
                  その場所は鹿屋野神社のように小高い丘になっていて、いつ行ってもメタバグを拾いに来るクラブを見かけるような場所だと聞いていた。そこに堂々と乗り込んでメタバグを強奪してくるのは確かに危険だが、状況が状況だけに行くしかないというところだった。
                  「よし、『焔』と『K3』には声をかけておく。近日中に行くぞ。ナメッチは引き続き部隊の訓練にあたれ」
                  「気をつけるんスよ」
                  ナメッチは心配げに返した。
                   
                   その日、突如『大黒屋』が出現した。『大黒屋』は先月の南北戦で手痛いダメージを被った、『ウイングス』、『プログレス』、『GTCクラブ』に格安で武器を売りつけ、さらには次のようなメールを送りつけた。

                  「『黒客』は近日中に宝生寺公園を急襲する。貴公らにはその『黒客』を迎え撃ってもらいたい。我は貴公らの味方として、これから情報を送り続ける。心配するに及ばない。我は貴公らと同じく、『黒客』の存在を快く思っていない者だ。貴公らの手で、是非この機会に『黒客』を排除してもらいたい。武器の価格については、適宜相談に応じる。それでは健闘を祈る。Mr.ミッドナイト」
                  そして同人物は、『焔』と『K3』に対して次のようなメールを送った。
                  「貴公らが同盟を組んでいる『黒客』は、大黒市制覇の野望を抱いている。彼らは貴公らをうまく言いくるめて、まずは貴公らの力を利用し南部のクラブを排除しようと考えている。しかし、それが終われば次は貴公らの番となる。証拠に、『黒客』は最近、自分たちの直属の部隊を編成するようになった。これは貴公らを排除しようとする意思表示に他ならない。このままでは貴公らに未来はない。そこで今回、貴公らには『黒客』と同盟を組むフリをして彼らを裏切ってもらいたい。『黒客』は南の鉱脈を侵攻しようとしているな?それを迎え撃つ準備も、南のクラブは周到にしている。そこに貴公らの力が加われば、『黒客』も恐るるに足らずだ。安心しろ。南のクラブは貴公らには敵対心は抱いていない。むしろ、南を救ってくれた英雄として、貴公らを扱ってくれるだろう。いいか?今大黒市を戦争状態に陥れようとしているのは『黒客』だ。『黒客』さえ滅びれば、大黒市は平穏な日々を取り戻す。南を救った君らの安全も保障される。だから力を貸してくれ。いい返事を待っている。Mr.ミッドナイト」
                   
                   こうして、それぞれのクラブはその日を迎えた。
                   
                  Mr.ミッドナイト……何者かはわからんが、オレたちに力をくれたところを見ると、悪いヤツではなさそうだな」
                  宝生寺公園で『黒客』を迎え撃つ、『ウイングス』、『プログレス』、『GTCクラブ』のリーダー達が今回の戦いについて相談しあっていた。
                  「ミッドナイト……日本語では深夜か。シンヤ……
                  「目的はわからんが、『黒客』を排除しようとしているのは確かなようだ。ヤツを信用しよう。先月の屈辱、倍にして返してやる」
                  Mr.ミッドナイトは、『黒客』と一緒にやって来る『焔』と『K3』も味方に引き入れたと言っていて、そいつらとも連絡はついた。ウソではないことは確かだ。これで容赦なく、『黒客』を始末できる」
                  3クラブは、『黒客』を叩きつぶす瞬間が来るのを心待ちにしていた。
                   
                  「静かだな。やけに静かだ」
                  ダイチは宝生寺公園の小高い丘を見上げながら言った。本当にいつもメタバグ拾いの子どもが溢れているとは思えない、ある意味で殺伐とした異様な雰囲気がその丘を包んでいるように見えた。
                  「まさか、待ち伏せされているんじゃなかろうな。と言っても、このまま引きかえすわけにもいかない。慎重に進むぞ」
                  ガチャギリもなんとなくイヤな予感を感じたが、しっかりと準備をしてきたので戦闘になっても大丈夫だと言い聞かせ、『焔』『K3』らとともに階段をのぼりはじめた。ここをのぼりきると少し開けた場所にでて、そこにメタバグの鉱脈があるという話だった。
                   そして予感は当たった。ダイチとガチャギリが階段をのぼりきって、その場所を見回していた時だった。背後からミサイルが飛んで来たのだ。2人は軽い身のこなしでそれを避けるように広場の真ん中まで移動した。そしてその瞬間、それが罠であると気がついた。
                  「待っていたぞ。『黒客』」
                  周囲の茂みから姿を現したのは、南の3クラブだった。
                  「お前らは、『ウイングス』に『プログレス』、それに『GTCクラブ』じゃねえか!?なんでこんな所に!先月お前らを壊滅させてから、表舞台から姿を消していたはずだろう」
                  「おかげさんでな。しかし、オレたちは復活したんだ。お前らを倒すためだけに」
                  「なんだと!じゃあ、お前らもオレたちを潰そうとする勢力の一味ってことか!?」
                  ダイチはヤバいと思った。この実力派のクラブさえもその勢力に取り込まれたとなると、この先には厳しい戦いが待っている。なにより今この状態も絶対絶命と形容するにふさわしいほど、絵に描いたようなピンチだった。
                  「その勢力についてはオレたちもよく知らない。だが、その勢力とは目的を一にしている。お前らに勝ち目はない」
                  「くそう!おい!『焔』と『K3』!こいつらを始末するぞ!」
                  ダイチは姿の見えなかったその2クラブに声をかけた。ところがその2クラブは、ダイチ達に銃口を向けながら階段から現れた。
                  「な!?」
                  「残念だったな。アイツらはもはやお前らの味方ではない」
                  『プログレス』リーダーに言われ、ダイチは彼らを睨みつけた。
                  「お前ら!それはないだろう。南北戦の時も、オレたちはお前らの頼みを聞いてコイツらを潰しただけだ!なのにお前らがコイツらの味方をするなんて、正気か!?」
                  「そっちこそ、オレたちを利用して後々始末するつもりだったんだろ。直属部隊まで編成しやがって。それにことあるごとにオレたちを狩り出そうとするアンタらに嫌気がさし始めていたんだ……ここでくたばれ」
                  「やっちまえ!」
                  ダイチとガチャギリに向けた一斉掃射が開始された。相手は十数人で、弾丸をよけるなんて無理な話だった。ダイチとガチャギリはとっさに鉄壁を自分たちを囲うように出したものの、それもこの弾丸の中では気休めに過ぎなかった。あっと言う間に耐久できなくなった鉄壁は虚しく霧散し、ダイチとガチャギリは蜂の巣となる。お年玉2年分の損害どころではない、メガネのデータがすべて吹き飛んでしまうかのようなオーバーキルが続く。ところが、サクセスストーリーの終焉を痛感するダイチの頭の中には、まだ、一縷の望みが残っていた。
                  「ナメえええええッチ!!」
                  そこまで聞こえるはずもないが、その名前を、『黒客』最後の希望を、空に投げかけることくらいしか今のダイチにはできなかった。
                   
                  「ん?」
                  その頃、直属部隊の訓練に当たっていたナメッチは誰かに呼びかけられたかのような錯覚を覚えた。
                  「隊長!どうかしたんですか?」
                  隊員の1人が上の空のナメッチに問いかける。
                  「いや、なんでもないッス。訓練を続けるっスよ」
                  「アイアイサー!!」
                  なんでもないはずがない。そんな悪い予感が、この時ナメッチの頭の中を支配していた。

                  (続く)

                  『大黒市黒客クラブ戦記』 | comments(4) | trackbacks(0) | - | - |

                  『大黒市黒客クラブ戦記』 episode 11

                  2010.05.21 Friday 22:57
                  0
                     今度のお話は、4週に渡る予定です。物語は終盤戦。『黒客』の最大の危機が訪れますが、今回はまだこのお話の序章となります。ではどうぞ。

                     
                     episode 11 「四面楚歌!大黒黒客包囲網!! 1/4」

                     大黒市の電脳戦争界はある勢力によってコントロールされている。戦っている当の本人達は気付いていないが、しかし確実にその勢力は大黒市にある電脳クラブの戦力を均衡させ、永遠の戦争状態を作り出そうとしていた。子ども達の夢を食い、それを利益にかえているその勢力の会合は、人知れず「大黒市賢人会議」と呼ばれるようになっていた。今日もあるサイトの掲示板にスレッドを立てて、今後の活動方針について話合いがもたれている。

                    「満」今日の議題。大黒市立第三小学校、『大黒市黒客クラブ』について

                    「メ」1ヶ月前に孔明率いる南部の同盟をフルボッコにしたクラブのこと?

                    W」あれ以来飛ぶ鳥を落とす勢いらしいな

                    「満」彗星のごとく現れたその英雄は、特に大黒市北部のクラブからは絶大な人気を得ている

                    「メ」まあ、例の南北戦争で北側に勝利をもたらしたのだから仕方ないよね

                    W」なるほどな。そろそろ叩いておかないといけない時期か

                    「満」ああ。今までと同じだ。台頭して来たクラブは我々が潰す。力がまだないうちにな

                    W」賛成だ。いつもの手を使うんだろ?

                    「満」そうだな。とりあえず南のクラブのいくつかにけしかけてみるか

                    「メ」いやむしろさ、ここで『黒客』をつぶさずに、北と南でもっと大きな戦争に持ち込ませるっていうのはどう?

                    W」確かに。ここで北の結束を固めさせて、南との全面衝突を仕向けるというのか

                    「満」待て。目先の利益にとらわれるな。そうしてしまうと大黒の電脳クラブは勝利した側しか残らないんだぞ

                    「メ」わかってるよ。でも状況をよく考えてもみろよ。メタバグは確実に枯渇してきているんだ。我々の支配にも限界が見え始めている

                    W」それに知っていると思うが、市の空間管理室が古い空間を削除するためにサーチマトンを導入するみたいだぞ。サーチマトンとは言いながら、そいつにはメタバグなどの違法物質を削除する能力があるらしい

                    「満」その話は聞いている。はた迷惑な話だ。管理室の無能のしわ寄せが我々に及んでくるとはな

                    「メ」まあ、管理室の無能のおかげで今まで甘い汁吸ってきたんだからいいんでね?

                    W」話を戻そう。こうなった以上、メタバグを使った商売にはそろそろ限界が見え始めている。ここは最後の戦争を起こすことも視野に入れた方がいいんじゃないか?

                    「満」わかった。とりあえず南の数クラブに黒客を攻めさせてみる。それで一旦様子を見よう。『黒客』の実力も気になる

                    「メ」「W」了解


                     大黒市南北戦争から1ヶ月が経ち、ダイチ達は6年に進級した。いよいよ最高学年となり、さらに先の戦争で見事な勝利を収めた黒客はとにかく勢いに乗っていた。その後も積極的に市内の戦争に介入してはことごとく味方した勢力を勝利に導き、報酬を稼ぐとともに名声をも手にしていた。ところが黒客はその周りの環境の変化に謙虚でいられなかった。黒客の学校での態度は傲慢そのもので、気に入らない人間は授業中だろうがなんだろうが攻撃対象にする。放課後には新技の開発と称して学校の空間を破壊してまわり、ついには学校のサーバーをダウンさせ大目玉をくらった。それらの暴走を止めることができなかったフミエは、相当歯がゆい思いをしていた。今回の事件はフミエがダイチにつっかかってきたところから始まる。
                    「ダイチ!あんたいい加減にしなさいよ!」
                    4月のある朝、ダイチが登校してきて教室に入った瞬間にフミエは吠えた。
                    「何だよ。朝っぱらからうるせえなあ」
                    ダイチが少しムッとしたように返す。この日は久々に余裕をもって登校できて気分は良かったのだが、いきなり調子を狂わせられた。
                    「昨日ね、私の友達が駅の近くを歩いていると、いきなりどこかのクラブに襲われたの!その連中は、第三小の生徒は全員敵だと認識しているって言ったそうよ!」
                    「ああ?知らねえよ。それオレに怒ることか?だったらそいつらをオレたちの前に連れてこい。仇をとってやるから」
                    ダイチの返した言葉に、フミエの怒りはさらに増幅された。
                    「あのねえ!アンタ達が好き勝手やってくれてるおかげで、関係のないこっちが迷惑してるの!わかる?アンタ達がよそで恨みを買ったら、私達にその矛先が向けられるのよ!」
                    「んなこと言われても、オレたちは自分の夢のために戦ってるんだ。それとも夢を追いかけるなとでも言いたいのか?」
                    「だいたい他人に迷惑をかけてまで追いかけるのを夢なんて言わないわ。みんなの応援を受けて、それに応えるのが夢なんじゃないの?アンタのやっていることはただの自己満足よ。そのしょうもない自己満足に走りたいのなら、せめてウチの生徒に危害が及ばないようにしたら?アンタが夢を語るなんて筋が通ってないから」
                    フミエの言葉はダイチにとっては痛いところを突いていた。人一倍責任感の強いダイチにしてみたら、自分の自己満足のせいで他人に危害が及ぶのは耐えられないことだった。しかし実際電脳クラブとして頂点を目指すなら、周辺クラブからのこのような仕打ちは避けては通れないのも事実である。しかしフミエの言うように第三小の全生徒を守ることなど、たった4人の『黒客』にしてみたら無理難題であった。
                    「ウチの生徒に危害が及ばないようにするなんて、実際問題不可能だろ。だいたいオレたちにしてみたら、学校を背負わないといけないことが足かせなんだよ。第三小の『黒客』じゃなくて、第三小から独立した存在になれたらどんなに楽か」
                    「バカじゃないの?第三小の生徒である時点で、そこから逃げることはできないわ。それを背負う覚悟がないなら、さっさと『黒客』の看板を下ろして、周りのクラブに謝って来なさいよ」
                    フミエの言葉にダイチは理不尽だと思った。義務教育である小学校をやめることはできないし、だったら全生徒を守ってみなさいと言われるのはメチャクチャだ。だが、ダイチはそこで1つの案が浮かんだ。
                    「よし、じゃあこうしよう」
                    「なに?」
                    いぶかしげにフミエがダイチを見る。
                    「オレたちは学校では一切メガネを使わないし、授業以外で電脳に関わらない。オレたちは第三小の『黒客』であることを放棄する」
                    「ちょっと待って。そんなことをして何の意味があるの?そりゃまあこっちとしては願ったり叶ったりなんだけど。だからってそれで周りのクラブが第三小の生徒への攻撃をやめるとは限らないでしょ」
                    フミエが鼻で笑って返す。やっぱりバカだと思った。
                    「それについてはネットか何かで呼びかけてやるよ。第三小と『黒客』は何の関係もない。第三小の生徒を攻撃することで『黒客』を追いつめることはできないってな」
                    「それもどれほどの効果があるんだか。だいたいアンタ、部活はどうするの?一応電脳生物部なんだから、メガネの使用に関わってくるわ。部活は『黒客』に貴重な時間と場所を提供してきたわけだしね」
                    フミエの言葉にダイチはしばらく考え込んだ。そして顔を上げるとこともなげにこう言い放った。
                    「わかった。電脳生物部はやめる。部長の肩書きもくれてやらあ」
                    「ええっ!?」
                    その言葉に悲しそうな声で驚いたのは、一連の会話を聞いていたデンパだった。
                     
                    「それで、生物部をやめるって話になったのか」
                    放課後、ダイチから今朝のフミエとの会話を聞いたガチャギリが言った。
                    「ここは妥協案として仕方ねえところだと思うぜ。正直オレたちも学校で好き勝手やってたからな。学校での活動をやめれば、幾分生徒の不平はおさまると思う」
                    ダイチとて学校の中で白い目で見られていることは感じ始めていた。自分たちに心酔している生徒も一方でいたから、その辺はあまり気にしていなかったが。
                    「お前がそう言うのなら別にかまわねえぜ。まあ生物部やめたところで何が変わるのかってところだろうがな。学校でメガネを使わないってことにするんなら、オレたちの活動に出資してくれている準会員にも知らせておけよ」
                    ガチャギリもダイチの意見に特に異論はなかった。生物部の活動も学校のサーバーをダウンさせて以来、顧問であるマイコ先生の監視の目も厳しくなってきており、『黒客』の活動にも支障をきたすようになってきていたのだ。
                    「ああ、わかってる。それよりも問題はオレたちを敵視しているクラブが最近めっっきり増えたってことだな」
                    「フミエの話にもあったな。とりあえずそういうクラブは見つけ次第排除しよう」
                    ガチャギリがダイチに返したところで、『黒客』のホームページを確認していたナメッチが何かに気付いた。
                    「オヤビン!これ見てほしいッス!」
                    「なんだ?」
                    ナメッチが見つけた『黒客』へのコンタクトのコーナーにあった書き込みは、かいつまんで言えば南のいくつかのクラブが連合して『黒客』に戦争を仕掛けるという宣戦布告だった。
                    「南の5クラブの連合か。数は多いが、先月の戦いで『ウイングス』や『GTCクラブ』は倒したから幾分戦力は落ちるな。孔明も参加していないだろうし」
                    ガチャギリがその書き込みを見ながら分析する。
                    「でもかなりの数だぞ。今度は質より量で勝負してくるつもりだ。このままじゃまずい」
                    ダイチの方は危機感を持っていた。ここは自分たちも連合しないといけないと思った。
                    「じゃあこの間の第一小の『焔』と、観音小の『K3』に増援を頼むか。しかしなんでこの数でオレたちを?オレたちのテリトリーには、もうめぼしい鉱脈なんてない。メタバグ狙いではないのは明らかだな」
                    「確かに。オレたちの台頭を阻もうとする勢力があるってことか?」
                    今回宣戦布告をしてきたクラブはどれもこれまで『黒客』が相対したことのないクラブで、言ってみればこれが何らかの復讐である可能性もなかった。
                    「かもな。ははーん。どうやらあの噂は本当だったようだぜ」
                    ガチャギリが何かを思い出すようにつぶやく。
                    「あの噂ってなんなんスか?」
                    「大黒市の電脳戦争界にまつわる噂だ。大黒市で一度でも天下を取ったのは、オレの知る限りでは例の伝説の宝剣を駆使したヤマトぐらいだ。だがその前にも後にも、大黒市のトップに立ったクラブなんてない。なぜだと思う?」
                    ガチャギリがダイチやナメッチの方を見て訊ねる。
                    「さあ。実力が抜きん出たクラブがなかったからじゃね?」
                    「違う。実力のあるクラブはいくつか存在した。前に対戦した『ウイングス』や『プログレス』なんかもその部類に入る。でもな、それらのクラブは力をつけてきたところでいずれも叩かれてるんだ。今回のオレたちみたく、大人数で攻撃されてな」
                    大黒電脳界の歴史についてはガチャギリは詳しい。それより過去にもそんなクラブがあったと聞いていた。
                    「やっぱ、なんかウラに何かありそうなだな。今度はオレたちがその標的となったわけか。『ウイングス』も『プログレス』も、そのおかげで丸くなったってわけか」
                    「オヤビ〜ン。それじゃあ今回オレッチらに勝ち目はないじゃないッスか。ここは降伏した方が身のためッスよ」
                    痛い目に遭いたくないナメッチがダイチに言った。この中でナメッチだけが、これまで好き勝手やり過ぎたことを後悔していた。
                    「バカ言うな。なおさら退けなくなったぞ。大黒には覇者が現れることは許されないっていう歴史を塗り替えるのはオレたちだ。そのチャンスが巡って来たんだ。この宣戦布告をしてきた身の程知らずのバカどもを叩いて、ついでにそのバックにある勢力を吐かせる。そしていずれはその勢力も駆逐する」
                    「威勢がいいなダイチ。確かに大黒での頂点を極めようとするなら、この戦いは登竜門となるな。それならもう勝つしかねえ。でも現実的な話をしよう。オレたち『黒客』の戦闘員は3人しかいない。これから激しい戦闘が予想されるし、もう少し駒が欲しい」
                    ガチャギリが現実的な問題をあげた。1クラブ3人というのは、誰一人メガネが壊れることが許されない厳しい人数だ。ここで補充要員を育てておけば、後々の戦いも楽になるというところだった。
                    「確かにそうだな。第三小であと戦力になりそうなのは、天文部の大河内、電脳歴史部の作見、コイル探偵局になるがハラケン、そして、フミエか」
                    ダイチが考え込んで候補となる人員を思い浮かべた。
                    「ハラケンとフミエはナシとして、最初の2人は誘うだけ誘うか。いや、もういっそのこと『黒客』直属部隊を組織したらいいんじゃないか?」
                    「『黒客』直属部隊?」
                    ダイチがガチャギリの方を見る。
                    「ああ。孔明が自分の直属部隊を作っていただろ。それと同じものを作るんだ。幸い、オレたちには先の戦争で稼いだメタバグがたんまり残っている。軍資金に困ることはない。今回の戦いに間に合うかはわからんが、また先に大人数で攻められる可能性もあるからな。その時にだけ出撃させる。メンバーは、『黒客』の活動に好意を持ってくれている準会員で組織する」
                    ……いいなそれ。よし、早速呼びかけよう。じゃあナメッチ。お前を『黒客』直属部隊指揮官に任命する」
                    「オレッちがッスか?だって、『黒客』のリーダーはダイチじゃ」
                    ナメッチがその大役に驚いて言った。
                    「ダイチは戦闘員として先頭に立って戦った方がいい。オレはダイチのサポートに参謀を務めないといけないからな。だからお前しかこれはできない」
                    ダイチもガチャギリも戦闘となれば自分たちのことしか頭になくなる。その中で部隊の指揮などはできない。
                    「お前を直属部隊の隊長、さっき話に出た、大河内と作見を副隊長にしよう。オレはその部隊と『黒客』をまとめるビッグボスだ。これでいいな。じゃあ早速明日からナメッチは人を集めて部隊の訓練に取りかかれ」
                    「ちょっと、2人は訓練には参加しないんスか?」
                    ナメッチが慌てて訊ねた。いきなりの大役に加えて、しかもダイチとガチャギリはそれを放任して別のことをするらしい。
                    「オレたちは『焔』と『K3』と作戦を練って、宣戦布告をしてきたバカクラブを一掃しにいく」
                    「たったそれだけで戦いを挑むんスか?」
                    「ああ。相手は数だけだ。それならそれなりの戦い方もある。お前は一刻も早く部隊を1人前に育ててくれればいい」
                    ガチャギリが自信満々に言うので、ナメッチはそれ以上何も言わなかった。
                     
                     翌日からナメッチは人を集め、放課後は近くの公園で部隊の指導に入った。メンバーに入ってくれたのは10人で、メガネのスキルはまだまだだったが、ナメッチはこれまで積んできた『黒客』での厳しい特訓を思い出し、それを部隊に叩き込んだ。
                     一方でダイチとガチャギリは『焔』『K3』と組んで、宣戦布告をしてきた南の5クラブ連合を一掃した。今の2人にかかれば、それだけの大人数が相手でもその中に実力者がいなければ排除するのは容易いことだった。これで第三小には平穏が訪れたかと思われたが、本当の戦いはここから始まるのだった。

                     

                     
                    『大黒市黒客クラブ戦記』 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |

                    『大黒市黒客クラブ戦記』 episode 10

                    2010.05.07 Friday 21:24
                    0
                       
                       今日は事情があってちょっと早めの更新です。GW中は『春』や『黒客戦記』の執筆を気合いを入れて進めたかったんですが、少し遊び過ぎてあまりはかどらなかったことに悔いが残っております。どうもこう、まとまった休みがあると逆にリズムを崩してしまうようです。

                       さて今回で大黒市南北戦争の話が完結します。それではどうぞ。

                       episode 10 「勃発!大黒市南北戦争!! -後編-」

                       一方『サウスユナイテッド』の孔明は、工場敷地の入り口でそれぞれのクラブの戦況をモニターしていた。ダイチ達『黒客』はうまく蔵地小の『プログレス』の追撃から逃れたほか、『北部同盟』の2クラブもなんとか逃げ延びている状況だった。『サウスユナイテッド』の各クラブは工場内を歩き回り、どこかに潜んでいるであろう『北部同盟』のクラブを探し続けていた。
                      「おい孔明。さっきから連中の気配がないようなんだが。」
                      ダイチ達を探していた『プログレス』からの連絡が入った。ダイチ達を見失ってから、10分ほどが経過している。
                      「どこかにいるはずだろう。トラップに気をつけて引き続き慎重に探してくれよ。」
                      「そうするが、連中がもうこの工場から逃げ出したっていう可能性はないか?」
                      『プログレス』のリーダーが訊ねる。広い工場内、うまく通路を辿っていけば見つからずに敷地の外に出ることも可能だが。
                      「ああ、確かにその可能性もあるな。よし、ここは一旦引き揚げてきてくれ。もう1度作戦を練り直そう。」
                      「了解。」
                      孔明はそう言って『プログレス』との連絡を切ろうとした。その時だった。
                      「ぐあああ!」
                      工場東エリアから響き渡る爆発音と、『プログレス』リーダーの悲鳴が重なった。孔明はそちらの方を向く。するといくつかの建物から黒煙がのぼっているのが確認できた。
                      「くっ、やられたか。」
                      孔明は下唇を噛んだ。すでに工場の東エリアを逃げまわっていた『黒客』はとっくに脱出していたのだ。そして『黒客』は自分たちのいたエリアにたっぷりと電脳爆弾を仕掛けていたらしい。そこまで用意していたことは、孔明にとっても予想外の出来事だった。
                      「ったく。今の爆発起こすのにいくらかかったと思ってんだ。」
                      孔明のすぐ後ろから声がした。すると工場入り口にはダイチ達『黒客』、そして『焔』、『K3』と工場の中を逃げ回っていたクラブすべてのメンバーが終結していた。
                      「お前が孔明だな?」
                      ダイチが訊ねる。聞かなくてもこの場所でモニタリングしている時点で正体はわかっていたが。
                      「ああ、そうだ。お前らはとっくにこの工場を抜け出していたのか。どうりで『サウス』の連中が探しまわっても見つかれないわけだぜ。」
                      「なめんじゃねえよ。体勢が悪くなったときは、1度工場の外に出て立て直すということにしていたんだ。そのための抜け道もいくつか用意しておいた。誤算だったな。今度はオレたちがお前らを囲い込む番だ。」
                      ダイチが楽しそうに言う。立場は先ほどと入れ替わった。
                      「あんたはもう無駄な抵抗をしてもダメっスよ。やられたくないならおとなしく投降するんスね。」
                      続いてナメッチも言ったが、孔明はそこで笑い始めた。
                      「ははははっ。弱小の寄せ集めのお前らに投降しろって?それ本気で言ってるのか?オレを誰だと思ってるんだ?孔明だぞ。」
                      そういうと孔明は背を向けて走り出した。
                      「くそっ、逃がすな!」
                      ダイチが指示を出して『北部同盟』が一斉射撃に出る。ところが孔明は何か空き缶のようなものをこちらに投げ込んできた。それがダイチ達の目の前で炸裂すると、ダイチ達の視界は白く焼き付き、聴覚もしばらく麻痺してしまった。その状態が戻ったのは炸裂から30秒ほどした時だった。
                      「くそっ!なんなんだ今のは?」
                      「おそらく電脳のスタングレネードだ。激しい閃光と爆音で相手の行動を少しの間封じることができる。」
                      ダイチにガチャギリが説明しながら、全員が辺りを見回した。孔明はどこに逃げたのかを確認する。
                      「オヤビン!あっちっス!」
                      ナメッチが指差した先、正面の建物の入り口に孔明はいた。ダイチ達はすぐさま後を追う。
                      「待てこらあ!逃がさねえ!」
                      ダイチ達は孔明を追い込んだ。ところが孔明の脇から次々と『サウス』のメンバーが姿を現す。孔明の指示によって救援にかけつけたのだ。その中には東側エリアで爆発に巻き込まれた『プログレス』の姿もあった。その内の何人かは既にメガネがクラッシュしていた。

                      「くそう。もうちょっとで孔明を倒せたのに。これでまた戦いは振り出しか。」

                      ダイチは下唇を噛む。『プログレス』のメンバー数人は既に倒したものの、数ではやっと『サウス』と同数になったというところだ。この先果たして戦っていけるのか不安になる。
                      「おっと、戦いは振り出しではないな。自分たちの置かれている状況をよく確認しろ。」
                      「なにっ!?」
                      孔明がそう言ってダイチ達の後方をあごで示す。そのままダイチ達が振り返ると、なんと新手の電脳クラブがダイチ達に銃を向けていた。ダイチ達は完全に挟み撃ちにされるという格好になった。
                      「これは、伏兵か!?おい!卑怯だぞ孔明!」
                      ダイチが怒って孔明に叫ぶ。電脳戦争は基本的に相手とほぼ同数で戦うのが暗黙のルールだと思っていたが、それは真剣勝負がしたいというダイチの希望に過ぎなかった。現れた新手はゆうに自分たちと同数。『サウス』のメンバーも合わせれば、敵は自分たちの倍の数がいることになる。
                      「おいおい。卑怯も何も、これが戦争だろ。こんなことも予期しないで、お前らはオレたちと勝負しようと思っていたのかよ。」
                      孔明が至極当然のように言い放つ。電脳戦争に際してどれだけの味方を引き入れるか、それも勝負の1つに入っているらしい。
                      「そうだよな。その通りだ。ところでコイツらは何者だ?」
                      ガチャギリが孔明の言い分を認めながら訊ねた。
                      「こいつらはオレが蔵地小で組織した精鋭部隊だ。オレに付き従ってオレの覇権をたぐり寄せる駒ということだ。」
                      ……なるほど、わかってきたぜ。孔明がこれまで渡り軍師として高額な報酬を稼いできたのは、こいつらを養うためか。そしてある時はこうして実戦で鍛え上げる。こいつらを使って目指すは大黒市の頂点ってか?」
                      ガチャギリはすべてを見抜いていた。あらゆる戦争に加担して報酬を稼いできたのは、それが目的じゃなくて手段だった。最後には大黒の頂点へとのぼりつめて大黒の電脳界を支配するつもりだったのだ。
                      「そうだ。この戦争だって通過点に過ぎない。確かに今争っているテリトリーの境界線は後々重要になってくるポイントだからな。だからこの戦争、本気で勝たせてもらう。」
                      「そうか。同じ蔵地小の『プログレス』に協力しているフリをしているが、そのテリトリーだって後々お前が独占するつもりなんだろ?おい気をつけろよ『プログレス』。お前らはただ単に利用されて、最後には仲間の孔明によって手を下されるんだからな。」
                      「そんな……
                      『プログレス』の面々はガチャギリの言葉に動揺している。孔明は今の時点では仲間だが、そのつながりは希薄であり、後々になって自分たちを滅ぼしにくるかもしれないというのは確かに現実的な筋書きだった。
                      「おい。アイツの言葉を信じるなよ。オレは『プログレス』を潰すつもりはない。確かにオレはコイツらを使って大黒の頂点に立ちたいと思っているが、だからってお前らとは敵対するつもりはない。むしろ、お互い協力し合っていくべきだ。」
                      孔明が『プログレス』に言い聞かせる。ガチャギリはその言葉を聞いて笑い始めた。
                      「だとよ。残念だったな、『ウイングス』に『GTCクラブ』さんよ。連中、例のテリトリーにあるメタバグの鉱脈を蔵地小だけで独占するつもりらしいぜ。もう、あんなヤツらと手を組む必要もないんじゃないか?」
                      「ああ。そのようだな。」
                      ガチャギリの言葉に、『ウイングス』と『GTCクラブ』は孔明に向かって銃口を向けた。
                      「お、おい!バカなマネはやめろ!お前らもアイツらの口車に乗せられるな!報酬はちゃんと払うって約束する!」
                      孔明がこの2クラブに向かって叫ぶ。この2クラブは多額の報酬目当てにこの戦いに参戦していた。だから報酬さえ払えば、なんの問題もないと孔明は思っていた。
                      「もはや報酬云々の問題じゃないな。お前ら蔵地にあの鉱脈を独占されるのはまずいんだよ。大体お前の言う大黒の覇権というのも、まずはオレたち南のクラブを一掃することから始めるんじゃないのか?」
                      『ウイングス』のリーダーが孔明に詰め寄った。こうして北と南で争っているのはどちらかというと珍しい。いつもは南同士のクラブがぶつかり合っているので、この2クラブは本来蔵地とは敵対関係にある。
                      「おい、待てよ。まずはあの鉱脈から北の勢力を排除するのが先決じゃないのか?ここでの裏切りは南のクラブすべてへの裏切りになるんだぞ。明日からお前らは南のクラブの目の敵にされるんだぞ!」
                      孔明が必死に説得を試みる。
                      「お前は1つ大きな勘違いをしている。『ウイングス』と『GTCクラブ』は何一つお前らを裏切っていない。」
                      「なに?どういうことだ?」
                      孔明がガチャギリをいぶかしげに見た。
                      「最初からこの2クラブはお前達の仲間じゃなかったってことだ。そう、『ウイングス』と『GTCクラブ』は最初から『北部同盟』の一員だったんだよ。」
                      「なんだと!?」
                      孔明は初めてそこでガチャギリの仕込んでいた作戦を思い知った。ガチャギリの作戦とは『サウス』の『ウイングス』と『GTCクラブ』を『北部同盟』に引き入れること。ダイチはその作戦を聞いた時は果たしてそんなことが可能なのかと思った。しかしガチャギリには自信があった。普段は反目し合っているクラブ同士の同盟などすぐに崩れ落ちるはず。ガチャギリはそう信じてウラで必死に交渉を進めてきたのだ。もちろんこの作戦が孔明に知られた場合逆手に取られるリスクもあった。しかしリスクを冒さないとこの戦いでの勝利はないと思っていた。
                      「じゃあ最初からお前らは戦う意志はなかったのか?『北部同盟』のクラブを仕留め損なったのも、作戦のうちだったのか?」
                      孔明が『ウイングス』と『GTCクラブ』のリーダーに訊ねた。
                      「まあ、最初は様子見だった。適当に連中は泳がせておいて、お前が尻尾を出すのを待っていたんだ。この戦いの筋書きは、『北部同盟』を片付けた後、ついでにオレたちもこの工場に仕掛けたトラップで倒そうとしていたんだろ?これであの鉱脈は独り占めできるわけだからな。」
                      「くっ。」
                      孔明の口からは観念したような声が漏れる。それはすべての目論みがバレたということを物語っていた。
                      「孔明。オレたちはあくまでお前と戦うぜ。こうなりゃ蔵地の意地を見せるしかないだろ。」
                      『プログレス』のリーダーが孔明に言う。孔明はありがたいとうなずいた。
                      「なら戦いは『蔵地ユナイテッド』と、『北部同盟』ということになりそうだな。いいのか?人数では圧倒的に蔵地が不利だが。」
                      ガチャギリが気を遣うように言った。もう人数でも実力でも黒客側の有利は一目瞭然だった。
                      「なめるなよ。オレを誰だと思ってるんだ?孔明だぞ。」
                      孔明はそう言うと、再び黒客側に向かって手榴弾のようなものを投げた。そして『蔵地ユナイテッド』は一斉に動き出した。
                      「またスタングレネードだ!目を背けろ!」
                      それを見たダイチが叫ぶ。あの閃光を見てしまえば視界が白く焼き付いてしまう。この一瞬でできることは、ただ目をその光から背けることだった。ところが爆発したのはスタングレネードではなく、メガネにダメージを与える爆発系のグレネードだった。ダイチ達は襲ってくる黒い爆風でそのことに気付いた。
                      「どわあ!今度は殺傷武器だった!孔明のやつ!こしゃくなマネを!」
                      こうしている間に孔明達は工場内に逃げ込んでしまった。ダイチ達は必死にその後を追う。
                      「聞いてないよ。あの2クラブを仲間に引き入れるなんて。そうするつもりなら一言相談してくれよ。」
                      孔明達を追いながら、一小のクラブの『焔』のリーダーが声を細めてガチャギリに抗議した。
                      「わりいわりい。お前らに言ったら、危険だって止められるかもしれんと思ったんだ。」
                      ガチャギリが悪びれながら返す。
                      「うまくいったから良かったものの。でもあの2クラブに払う報酬は用意してないよ。僕らは財政難で、君たちを引き入れるだけでも精一杯だったんだから。」
                      「ああ、金の問題は心配するな。ちゃんと手は考えてある。それより、孔明を倒すのが先決だ。」
                      すでにその時工場の中からこちらを銃撃する『蔵地ユナイテッド』と、それを外から攻撃しようとするダイチ指揮する『北部同盟』で激しい銃撃戦が展開されていた。孔明は工場に籠城して、徹底抗戦する構えだ。
                      「ちっ。ヤツはしっかりとオレたちのトラップのない場所に陣取りやがったか。」
                      ガチャギリは見取り図を出しながら舌打ちをする。
                      「どうにか、この入り口以外からこの建物に入るルートはないのか?」
                      ダイチが見取り図をのぞきこんで訊ねた。
                      「隣の建物の2階から伝って来ることはできるが、そこも孔明はしっかり押さえているだろう。どうにかヤツに気付かれずにそこに回り込む方法はないか……いや、1つだけいい方法があるかもしれん。」
                      「どんな方法だ?」
                      ガチャギリはそこで『北部同盟』の全員を集めて作戦を説明した。
                       
                      「戦況はどうだ?」
                      そこからしばらくして、孔明が最前線で敵の侵入を防いでいる直属部隊に訊ねた。
                      「見ての通り、入り口はあれだけの敵が固めています。このままじゃ身動きできません。」
                      孔明も覗き込んで確認する。確かに入り口には敵のほぼ全員の数に匹敵するほどの影が、こちらを狙っているのが見えた。このままだと打つ手がないと孔明は思い始める。
                      「それでさっきからおかしいんですが、あの敵達、こちらの銃撃をよけようとしないんです。いくらこっちが攻撃してもあの場所をどこうとしない。普通なら僕たちの銃撃で蜂の巣になっているはずなんですけど。」
                      「なに?ためしに撃ってみろ。」
                      孔明に言われるがまま、直属部隊は入り口を塞いでいる敵を銃撃した。ところが敵はよける素振りも見せない。
                      「どういうことだ?」
                      孔明がこの敵の奇怪な行動に考え込む。そしてふと警戒を怠っていた中2階の回廊に目をやると、そこで信じられないものが目に飛び込んできた。
                      「よう、孔明。」
                      声をかけたのはガチャギリだった。そしてその脇には1階に向けて銃を構えている『北部同盟』のメンバーがずらりと並んでいる。
                      「な、なにっ!?どういうことだ?お前らはつい今まで、あの入り口にいたんじゃ?」
                      「孔明さん!入り口の敵兵が消えてます!」
                      今度は入り口を見やった兵士からの報告が入る。さしもの孔明の頭も混乱してきた。
                      「一体、何が起こったんだ?まさか入り口にいたのは、お前らの伏兵?」
                      「バッカ、ちげーよ。伏兵を呼ぶ時間なんてなかっただろ。言ってみれば瞬間移動だよ。」
                      「瞬間移動?」
                      1階の『蔵地ユナイテッド』の面々が動揺している。敵はそんな魔術のような技が使えるのかと。
                      「なら、マジックのヒント。メガネが見せる映像は、その対象物に一番近いメガネの情報が反映される。」
                      ガチャギリが種明かしをするように言う。
                      「何のことだ?意味がわからん。」
                      孔明がそう首を傾げた時に、ガチャギリは孔明との戦いの勝利を確信した。
                      「お前ごときには一生わからんだろうな。さあ、孔明をやっちまえ!」
                      ガチャギリが手をあげた瞬間、一斉に中2階からの掃射が始まる。『蔵地ユナイテッド』は反撃のしようがなく、ただ逃げ回るだけだった。
                      「おい!慌てるな!入り口の敵はもういないんだ!そこから脱出しろ!」
                      孔明が混乱する一同に指示を出す。その時だった。
                      「ダメです孔明さん!入り口には火の手があがっていて、とても突破できそうにありません!」
                      「なんだと!?」
                      その報告に孔明は絶望するしかなかった。もうここで果てることしかできないようだった。
                      「ハッハッハ!見たか孔明!オレたちを裏切って始末しようとしたことを後悔するんだな!オレたちはお前なんかにいいように利用されるほど、マヌケじゃねえんだよ!」
                      そう言って楽しそうに孔明達を銃撃しているのは『ウイングス』と『GTCクラブ』だった。元々は敵対関係にあった南のクラブ同士、積年のうらみが彼らを狂気に駆り立てる。
                      「じゃあ、君らはここで楽しんでいってくれよ。オレたちはここら辺で失礼するわ。」
                      そこに中2階の隣の建物との入り口に立っていたガチャギリが、ドアに手をかけながら言った。『ウイングス』と『GTCクラブ』が気付いてみれば、さっきまで隣ににいたはずの他のクラブの姿が見えない。
                      「おい、どういうことだ?」
                      「おっと、忘れてた。お前らへの報酬だ。あばよ。」
                      声をかけた『GTCクラブ』のリーダーを無視して、ガチャギリはドアを閉めた。そしてガチャギリが立っていた場所に転がっていたのは、3つの電脳手榴弾。その次の瞬間に中2階も炎に包まれる。そしてガチャギリが閉めていったドアは、無情にも鍵がかけられていた。
                      「くそう!!はかったな『黒客』!!」
                       
                      「いやいや、ご苦労だったな。みんな、よく指示通り動いてくれたぜ。」
                      戦いが終わり、元の『北部同盟』、『黒客』、『焔』、『K3』は日渡公園に集まっていた。そうしてダイチがねぎらいの言葉をかけていた。
                      「まさか、僕らがあの『サウスユナイテッド』を倒してしまうなんて。もちろん、君たちがいなければそんなことは叶わなかった。本当にありがとう。報酬は弾むよ。」
                      結局は孔明が伏兵として呼んでいた直属部隊も含めて、この戦いで『サウスユナイテッド』として参加したクラブは壊滅的ダメージを負った。ダイチやナメッチも、今回はガチャギリの作戦がすべてだったと思った。
                      「ああ。どうもな。また困った時は呼んでくれよ。」
                      殊勲のガチャギリがメタバグがたんまり入った袋を『焔』のリーダーから受け取る。当初の成功報酬以上のメタバグがそこには詰められていた。
                      「『ウイングス』と『GTCクラブ』を裏切らせて孔明を追いつめ、そしてその2クラブも始末してしまうなんて。僕らには到底思いつかなかった作戦だよ。これで僕たちのテリトリーに干渉してくることもないだろうね。」
                      「まあ、その鉱脈もたまにはオレたちにも使わせてくれよ。また変なのが来たらぶっつぶしてやるから。」
                      ダイチが言って、そのまま『北部同盟』は解散となった。たった3日間だったが、スリルに満ちた有意義なものだったと誰もが思った。
                       
                      「しかし、あそこであんな作戦を思いつくとはな。」
                      帰り道、ダイチは今日の戦いを思い返すように言った。
                      「何がだ?」
                      「ほれ、孔明が工場に立てこもった時。オレたちもどうしようもなく長期戦を覚悟した。そこであの作戦だ。オレたちを工場の入り口に並ばせ、入り口脇に控えていたナメッチのメガネのデータの更新を停止にする。ついで『北部同盟』全員のメガネのデータの更新も停止にし、2階へとのぼる。するとナメッチのメガネはオレたちがあたかも入り口に立っていると誤認して、そしてナメッチのメガネがサーバーに送った情報がヤツらのメガネにも反映され、ヤツらはいつまでもオレたちが入り口でたむろしていると勘違いする。誰がかつてこんな作戦を思いついた?」
                      ダイチが少し興奮気味に話した。百戦錬磨の孔明でさえ見破れなかったこのトラップは、おそらくガチャギリオリジナルのアイデアだった。
                      「まあ、やっていることは基礎の応用だ。それをたまたま思いついただけのことだ。」
                      「その発想力がすごいんだよ。今日オレは確信した。このメンバーなら、必ず大黒の覇権も取れるってな。」
                      ダイチの言葉にガチャギリが「へっ」と照れ隠しのように笑う。
                       夢へとひた走る黒客。順調に見えたその道のりの中で、やがて巨大な壁にぶち当たることになろうとはこの時は誰も思っていなかった。大黒は、新参者に甘くはなかった。

                      「勃発!大黒市南北戦争!!」(終)


                       いかがだったでしょうか。来週はこの『黒客戦記』をお休みしてですね、また久しぶりに通常回にしたいと思います。何書くかは決まってないですけど、『黒客戦記』の貯金もなくなってきたわけで、1週間引き延ばします。それでは。 

                      『大黒市黒客クラブ戦記』 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |

                      『大黒市黒客クラブ戦記』 episode 9

                      2010.04.30 Friday 22:43
                      0
                         
                         楽しいGWですね。『春』の物語内の時間経過は、このGWが終わるくらいのところで締めようかなと思っています。どうも僕は、GWを越えれば初夏が訪れるような印象があるんですよね。だいたい夏日を観測し始めるのはこのくらいの時期からだと思います。今年は割り合い涼しいですけどね。というより春が寒過ぎましたね。

                         その時間経過という話題でネタが1つ。この間『春』の物語内の時間経過をまじめに考えないといかんなあと思い立ちまして、物語の舞台である2027年のカレンダーをネットで調べてたんですよ。そしたら意外なことに、2027年の曜日のならびは、今年2010年とまったく同じなんですね。とても考えやすくて助かりました。

                         さてさて前置きはここまでにして、黒客戦記の続きをどうぞ。

                         episode 9 「勃発!大黒市南北戦争!! -中編-」

                         ダイチ達の勢力である『北部同盟』は、『サウスユナイテッド』を迎え撃つ砦を第一小校区内、駅向こうにある廃工場に設定した。ここは内部が複雑に入り組んでいる一方で、この3クラブともたまにメタバグを拾いに来ることもあり土地勘があった。実力で劣る『北部同盟』は地の利を存分に生かして戦うつもりだった。
                        「持ち場をしっかり確認しろよ。それから味方のトラップに引っかかるようなバカなマネはするな。囲まれた時は無理しないで助けを呼べ。後はこれまで特訓してきたことを出し切ればいい。」
                        「よし。」
                        ダイチがその場にいた全員に言い聞かしたところで『焔』のメンバーの1人から連絡が入った。『焔』のうちの何人かは、敵をこの廃工場にまで引きつけるおとり役となっている。後はトラップを大量に仕掛けた工場内部まで誘い込み、迎え撃つだけとなった。
                         
                        「どうする孔明?ヤツらこの廃工場に籠城する気みたいだが。」
                        『サウスユナイテッド』の総大将が隣にいたコードネーム孔明に確認する。すでに戦況は、『北部同盟』の3クラブすべてが廃工場の中で待機しているという状況で、『サウスユナイテッド』は廃工場の入り口に集まってどう攻めたものか考えていた。
                        「計算通りだ。こちらより力の劣る連中がまともにぶつかってくることはないと思っていた。となると自分たちの間合いにこちらをおびき寄せることが必要になる。それをこの廃工場に設定したというのも、こちらの読み通りだった。すでに何日か前から蔵地の『プログレス』のメンバーを使って、ここにトラップを仕掛けておいた。」
                        細い目つきをさらに細めるように笑いながら、その孔明はメンバーに言い聞かせた。すでに『北部同盟』の作戦はお見通しだったというわけだ。
                        「さすが孔明、心強いな。とはいえヤツらもここに多くのトラップを仕掛けているはずだ。どう戦えばいい?」
                        「まずは様子見だ。連中の仕掛けたトラップの位置を把握しておく必要がある。おそらく連中もそのトラップに誘い込むように動いてくるだろう。だからここは慎重に連中との間合いを取りながら工場の中に入るんだ。その連中の動きを見て、オレが連中の仕掛けたトラップの位置を大体予測する。それに気をつけながら、今度はこちらが仕掛けたトラップの位置まで連中を誘い出すんだ。連中はこの工場にこちらがトラップを仕掛けていることを知らないだろうからな。」
                        そう言うと孔明は工場の詳細な見取り図を出した。この時のために用意していたものだ。『北部同盟』は『サウスユナイテッド』にはこの工場の土地勘はないと踏んでいたのだが、それも見込みはずれのものとなった。
                        「工場全体の西側エリアを『GTCクラブ』、中央エリアを『ウイングス』、そして東側エリアを『プログレス』が攻めてくれ。第一の撃破目標は『大黒黒客』。ヤツらを見つけたクラブは真っ先にオレに連絡してくれ。オレが指示を出して最優先でヤツらを駆逐する。」
                        「ああ、この前『TSUJIGIRI』に勝利して颯爽とこの電脳戦争界にデビューしたクラブか。買いかぶり過ぎじゃねえのか?まだヤツらは1度しか実戦を経験してないんだぞ。」
                        黒客を警戒する孔明に『ウイングス』のリーダーが訊ねた。
                        「いや、『北部同盟』の柱は間違いなく『黒客』だ。連中を先に撃破することによって、他のクラブも浮き足立つ。買いかぶり過ぎも何も、相手の柱を叩いておくことが大規模戦争でのセオリーだ。」
                        孔明の言葉に、その場にいた全員が納得する。そうして『サウスユナイテッド』は孔明に割り当てられたエリアに向かって進撃を始めた。
                         
                        「来たぜ。相手は蔵地小の『プログレス』だ。メンバー全員が『P』とプリントされたリストバンドをつけているのが特徴だ。」
                        『サウスユナイテッド』が進撃を始めた時、『黒客』メンバーは工場東側の屋外、貯水タンクのある一棟の屋上で待ち構えていた。ガチャギリが工場の中に仕掛けていたカメラからの映像を見て、こちらに来ているのが『プログレス』であることを知る。
                        「よしナメッチ、狙撃準備だ。タンク裏側の通路から敵が出て来たら容赦なく撃てよ。」
                        「了解ッス。」
                        ダイチ達がいる場所は高さでいうと2階にあたる。工場屋外の1階の通路は迷路のように入り組んでおり、ダイチ達はまずその見晴らしのいい場所から敵を見つけ次第狙撃するという作戦を立てていた。
                        「オヤびん。来ました。」
                        ナメッチが静かに報告する。ナメッチは伏せて屋上を巡っているパイプに身を隠して、その隙間からレーザーライフルで敵を狙っていた。
                        「いいぞ。よく引きつけてな。よし、撃て!」
                        ダイチが観測手となり、ナメッチに攻撃の指示を出す。意外にもナメッチは『黒客』随一の射撃の腕前を誇っており、ダイチとガチャギリは安心してナメッチに狙撃を任せられた。
                         
                        「うわっ!レーザーライフルか!一旦退くぞ!」
                        『プログレス』のリーダーは仲間が狙撃されたのを見て、1度工場屋内に引き返した。
                        「まずいな。ヤツらはタンクの上から狙って来ている。このまま飛び出すのは自殺行為だ。」
                        「だな。ヤツらがもしかして噂の『黒客』なのか。」
                        「そうかもしれない。あの射撃の腕前はなかなかのものだ。ここは孔明に連絡をとろう。」
                        『プログレス』メンバーは相談し、ここは孔明に作戦を聞くことにした。」
                        「どうした?」
                        「孔明、『黒客』が現れた。連中は工場東側にある貯水タンクの建物の上から下側の通路を狙っている。近づくことは難しそうだ。」
                        『プログレス』リーダーが報告を入れると、孔明は少し笑ったように息を吐き出した。
                        「やっぱりか。そのポイントは狙撃するには絶好の場所。さすがに噂に聞く『大黒黒客』。戦いのツボをしっかりと押さえてるな。」
                        「感心してないで、何かいい方法はないのかよ?」
                        「オレを誰だと思ってるんだ?諸葛亮孔明だぞ。こうなることはすでに予想の範囲内だ。見てろよ。今からどでかい花火を打ち上げてやるぜ。」
                         
                        「連中出て来なくなったな。」
                        ダイチが『プログレス』が引っ込んでいった場所を眺めながら言った。
                        「ああ。おそらく他の場所からこちらを狙うつもりだろう。でもトラップだらけの工場内を無事で抜けられるはずがない。唯一とラップを仕掛けていないのがこの下の通路だが、そこはオレたちがスナイプしているからな。この布陣はそうそう簡単に破られることはないと思うぜ。」
                        ガチャギリが自信ありげに言って、ダイチも安心する。その時だった。突然、それもかなり近くでけたたましい爆発音が轟いた。そのショックでナメッチはその場で気を失ってしまった。
                        「お、おい!見ろよ、タンクが!」
                        ダイチがすぐ目の前にそびえているタンクを見上げる。なんとあろうことか貯水タンクは爆発炎上しており、大量の黒い煙が立ち上っている。爆発の影響でタンクにはひびが入っており、そこに貯められていた水が噴水のようにところどころ吹き出している、
                        「どうなってんだ!?」
                        ガチャギリは慌ててメガネを押し上げる。しかし現実世界のタンクは先ほどまでと同じように静かにそびえている。つまりこの爆発は電脳上でのみ起こったということだ。
                        「爆弾でも仕掛けられてたんじゃねえか?」
                        「バカ言うな!いつ連中に爆弾を仕掛ける時間があったって言うんだよ!」
                        ダイチとガチャギリが茫然と立ちすくむ中、2度目の爆発が起こった。今度はその瞬間をダイチ達もはっきりと見た。タンクはついに崩壊し、中に貯められていた水が一気に大波のように降り掛かって来た。
                        「ブファ!やべえ!この騒ぎに乗じて『プログレス』のヤツらが押し寄せてきやがった!」
                        1階通路にも水が流れ落ち、工場の東エリアは水浸しとなっていた。その水を跳ね上げながら、機敏な動きで『プログレス』のメンバーがこちらに向かってくるのが見えた。
                        「くそっ!おいナメッチ!起きろ!敵が来たぞ!」
                        「へあああ!?」
                        爆発のショックでのびていたナメッチは、ダイチに蹴りつけられて飛び起きる。
                        「とにかくここは逃げ場がない。降りてオレたちも1階通路を逃げるぞ!急げ!」
                        ガチャギリが先頭をきってタンクの建物の屋上から階段を下りてゆく。ダイチとナメッチも後に続いた。そこに『プログレス』のメンバーが駆けつける。逃げるダイチ達は背中からマシンガンの嵐を受けることになった。
                        「逃すな!撃て、撃て!!」
                        「ちっくしょう!これでどうだ!」
                        ダイチは逃げながら背後に鉄壁同時3枚投げという離れ業をやってのけた。鉄壁は投げられた時にお互いが重なり合ってしまうと効果を発揮せず消えてしまう。重なり合わないように、それも3枚を同時に投げるのは相当な訓練が必要だった。
                        「なんてヤツだ!撃ち方やめい!」
                        『プログレス』のリーダーがメンバーに指示を出してマシンガン攻撃をやめさせる。その隙にダイチ達は工場の建物の間の細い通路に入って行った。
                        「すまん孔明。逃がしてしまった。」
                        「ふん。こうなることもお見通しだっての!」
                        ガチャギリを先頭に薄暗い通路を行く『黒客』メンバー。その時目の前に火柱がのぼった。
                        「ええええっ!?」
                        ナメッチが絶望したような声を上げる。ガチャギリは舌打ちしながら狭い通路を見回した。
                        「そっち行けるか?」
                        最後尾のダイチの横に狭い通路があった。ダイチはそこを覗き込んで確かめる。
                        「人が1人通り抜けられるのがやっとかもしれん。それにこの先がどこにつながってるのかわからん。」
                        「構わん!この状況だ。後ろから追っ手は来てるし、前方は火の海だ。その通路に入るしか逃げ道はない!」
                        ガチャギリが言うので、ダイチは先にその通路に身を滑り込ませていった。その後にナメッチも続き、最後に通路に入ったガチャギリが入り口に鉄壁を投げる。ようやく『黒客』は一息つくことができた。
                        「おい、どうなってんだよこれは。」
                        3人とも肩で息をしており、1つ咳払いをしてからダイチがガチャギリに訊ねた。まるで自分たちのすべての行動が見通されているような不気味さをダイチは感じていた。
                        「わからん。もしかすると、向こうの孔明はオレたちがここに籠城するのを見通していたのかもしれん。オレたちより先にこの場所にトラップを仕掛けていたとしか考えられん。」
                        「ええっ?どうするんスか?このままだとオレたち袋のネズミってことでしょ?ただアイツらにやられるのを待つだけっスか?」
                        ガチャギリの言葉に、ナメッチが情けない声を上げた。自分たちがこの戦いで勝ち目を見いだせたのは、自分たちが場慣れしていて、なおかつトラップも仕掛けていたこの工場に敵をうまく誘い込めたからだ。実力では相手より劣るところに、戦術でも上手をとられると、さすがにこちらには勝ち目はないだろうとナメッチは思った。
                        「諦めるなよ。まだ体勢を立て直すチャンスはある。とりあえず『焔』と『K3』とも連絡をとって、それぞれの戦況を確かめる。」
                        ガチャギリが落ち着き払って言った。この戦いのために、ガチャギリは色々と準備をしてきた。孔明にも負けないという自信もあった。
                        「連絡をとってどうするんだ?とりあえず合流か?」
                        「そうだな。オレとしては作戦Eをとりたいところだ。おそらくそれで孔明のウラをかける。」
                        ダイチ達はガチャギリの作戦を信じて、他の2クラブと連絡を取り合った。

                        (後編に続く)

                        『大黒市黒客クラブ戦記』 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |